レ点腫瘍学ノート

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エキスパートパネル勉強会

2020年6月25日改訂

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がんゲノム医療という言葉が頻繁に聞かれるようになり、がんゲノム医療中核拠点病院とがんゲノム医療連携病院が指定されて本格的に癌遺伝子パネル検査を使ったがん診療が動き出しました。2019年10月からは、中核拠点病院と連携病院の間(3階建ての2階に相当)するがんゲノム医療拠点病院の認定も始まりました。2019年は「がんゲノム医療元年」とも言われているようです。

がん遺伝子パネル検査を受けた場合、その検査結果についてエキスパートパネル(専門家会議)で検討することが必要となっています。しかし実際に参加したことがないと、エキスパートパネルでどのようなことが検討されているのか、今ひとつはっきり知らないという方も少なくないでしょう。今回は、エキスパートパネルとはどんなものでどのようなことを議論しているのかについて勉強してみたいと思います。

多職種による専門家会議

エキスパートパネルには様々な職種が参加していますが、エキスパートパネルは専門家会議と翻訳されることもあるくらいですから色々な専門家が参加しています。次に述べる人たちの参加が必須と考えられています。

エキスパートパネルに参加している職種

これらは各がんゲノム医療連携病院に在籍しているとは限らないので(自前のバイオインフォマティシャンを雇用している連携病院は希有だと思います)、各連携病院はがんゲノム医療中核拠点病院にぶら下がるような形で紐づけられており、web回線で接続したテレビ会議などで一緒に症例の検討を行います。

このエキスパートパネルに参加が必要な職種はほとんどががんゲノム医療中核拠点病院の認定に必要な要件となっているので、中核拠点病院にすでに認定されている施設の場合はこれらのスタッフが揃っているはずです。

また、3階建ての2階に相当するがんゲノム医療拠点病院もこのエキスパートパネルを開催できることになっています。がんゲノム医療連携病院は単独ではエキスパートパネルは開催できません。

臨床情報の収集

エキスパートパネルはがん遺伝子パネル検査に基づいて行なわれるとはいえ、異常をきたした遺伝子名だけを見て治療薬を提示するのではなく、当然ながら患者の病歴や治療経過も踏まえて議論をすることが必要です。

そのためには患者に関する背景情報を登録する必要があり、一例として下記のような臨床的背景のデータを登録しておくことが求められます。

エキスパートパネル前に登録が必要な臨床情報

がん遺伝子パネル検査をオーダーするにあたってこれらの臨床情報を入力するのが一苦労ですが、適切な症例検討を行うために必要な事項です。

がん遺伝子パネル検査のレポート

がん遺伝子パネル検査そのものにも様々な種類があり、それぞれの検査種も日々バージョンアップを続けているので、レポートのフォーマットは絶対的なものではありませんが、NCCオンコパネルの資料などを見ると、パネル検査のレポートでは下記のような内容が記載されているようです。

レポートに記載される内容

たとえばNCCオンコパネルの資料ではこれこれの遺伝子変異が検出されたというサンプルが提示されています。しかし、これだけをみても何が示されていてどのような治療が候補となるのかは簡単には判断できません。そこで、これらの解釈について検討するのがエキスパートパネルというわけなのです。

3学会合同ガイダンスによるエビデンス分類

エキスパートパネルでしばしば出てくる「エビデンスレベルが3Aだ」というような言葉は、この表にあるような日本3学会合同ガイダンスに基づいています。また、エキスパートパネル標準化ワーキンググループ(EPWG)で国内海外の分類の差を小さくした改定案も検討されているようです。

2020年5月追記: エキスパートパネル標準化ワーキンググループなどで検討した結果、現在は1A〜3Bといった日本3学会合同エビデンスレベルではなく下記のEPWG改訂として示されたA〜FおよびRで分類するのが主流になっています。

基準日本3学会(旧)米国3学会造血器EPWG改定
当該癌腫で国内承認薬あり1AAA
当該癌腫でFDA承認薬あり1BAAA
当該癌腫のガイドライン記載1BAAA
当該癌腫で質の高い臨床試験とコンセンサス2ABBB
異なる癌腫で国内またはFDAの承認薬あり2BCCC
異なる癌腫で質の高い臨床試験とコンセンサスC
癌腫を問わず小規模な臨床試験C
臨床試験の選択基準に使用CC
癌腫を問わず当該変異で症例報告3ADD
In vitro・in vivo前臨床試験で治療効果あり3BDDE
がんに関与することが知られている4F
耐性変異R

国内3学会=日本臨床腫瘍学会(JSMO)、日本癌治療学会(JSCO)、日本癌学会(JCA)
米国3学会=米国分子病理学会(AMP)、米国臨床腫瘍学会(ASCO)、米国病理医協会(CAP)

D以上の治療選択肢が推奨される

上記の国内3学会合同ガイダンスに基づくエビデンス分類にしたがって検出された変異に対する治療候補として提示できるかを検討します。国内3学会でAとされたものはいわゆる標準治療であるから多くは保険適用がされていますし、がん遺伝子パネル検査を受ける患者はすでにこれらの治療を受けている可能性が高いでしょう。

対象臓器、検出された遺伝子異常およびその異常形態(たとえばframeshiftなのかpoint mutationなのか)、さらにエキスパートパネルの運営形態やスタンス(積極的か保守的か)によっても変わりますが、一般的には上記のエビデンスレベルD程度(つまり当該遺伝子変異に関して有用性を示す症例報告がある)までが推奨薬として提示されるのではないかと思われます。

「癌腫を問わず当該変異で症例報告がある」というのは、遺伝子名が同じなだけではなく変異箇所までが同じである必要があります。たとえばKRAS G12Cに対して有効性が報告された治療薬が推奨されるのはKRAS G12C変異が検出された場合だけであり、同じKRAS異常であってもG12DやG12Vなど異なる変異に対しては推奨とはなりません。

治療へのアクセスの提示

推奨される治療が適用される治験があるか、「その他の手段による治療薬アクセス」があるかを検討するのが次の重要なステップです。

エビデンスレベルCは推奨されても治療につながりにくいゾーン

強く推奨はされるが治療薬が保険適用とならず治療薬アクセスが問題となる頻度が高いのはエビデンスレベルC相当で、これは「海外に治療薬はあるが国内で承認されていない」というドラッグラグが発生している状況などが考えられますが、このレベルの治療薬は国内承認に向けての国内治験が行なわれていることも少なくないので、アクセス可能な範囲に参加可能な治験の募集などがないかをエキスパートパネルで検討します(治験情報を収集するのは大変なので、CーCATや検査会社の提供するレポートの情報をもとにすることが多い)。

どのような治療につながるのか

治験に参加する

近郊でその治療を受けられる承認前治験があればそれを紹介します。治験に参加できるかどうかは患者本人の全身状態(ECOG PSや肝機能・腎機能など)や前治療にも左右されますし、その治験実施施設への通院が可能かどうかという問題もあります。なお、今後はどこでどのような対象にどのような治験が実施されているかの情報はCーCATあるいはその他の経路で効率よく情報提供されるような仕組みが整備されてゆくと見込まれているようです。

患者申出療養制度を利用する

「その他の手段による治療アクセス」の1つは、患者申出療養制度です。患者申出療養制度は今までにもありましたが、普及はいまひとつ進んでいませんでした。先進的な治療を自費診療で受けつつ、入院基本料や検査料など保険適用可能な部分については保険診療で受けるという、いわば混合診療の縛りを受けずに保険適用外の治療を受ける方法になります。

これまではn=1の臨床試験を計画するというような体裁であったため計画立案から治療実施までに処理しなければならない書類作業も尋常でない量で、全国でも患者申出療養制度はあまり普及していませんでした。しかし今後はがんゲノム医療については患者申出療養制度を活用してより簡便に保険適用外の治療薬を保険診療と併用しながら受けられるようになります。ただし、先進的な医療の部分は自費診療ですので高額な分子標的薬などを使用する場合はやはり月額数十万円の自己負担が発生するかもしれません。

この患者申出療養制度については、国立がん研究センター中央病院で実施した患者申出療養制度下での治療を全国11箇所のがんゲノム医療中核拠点病院でも受けられるようにする制度が準備中であり(2019年11月現在)、今後は最寄の中核拠点病院でこれらの治療を受けていただくことが一般的になるかもしれません。

また患者申出療養制度で使用する薬剤について製薬会社に無償提供をしていただくことの依頼がなされてノバルディスの1社のみがこれに応じたということが明らかにされています。海外でのコンパッショネートユースに近い形ですが、ノバルディス社のmTOR阻害剤やBRAF阻害剤・MEK阻害剤やALK阻害剤は患者申出療養制度のもとでは薬剤費無料で受けられるというようになるかもしれません。

完全に自費診療で治療を受ける

治験にも参加できず、患者申出療養制度も受けられず、しかし未承認ながら治療薬そのものは日本にも輸入されている場合(たとえばHER2陽性大腸癌に対するトラスツズマブなど)は、自費診療でこの治療を受けるという選択肢もあるかもしれません。混合診療を禁じたルールに抵触しないため保険診療部分まで10割負担で治療を受ける必要があります。高額療養費上限のキャップもなく、副作用救済制度も利用できないかもしれません。金銭的負担が非常に大きくてもそれを通過できるという経済力を持ち合わせた人しか選べない選択肢かもしれませんが、治験や患者申出療養制度よりははるかに最良の大きい選択肢が選べるとおもわれます。

治療につながらないケース

上記のように治験・患者申出療養制度・自由診療という選択肢はいずれも治療薬の候補が見つかった場合の話です。現場ではがん遺伝子パネル検査を受けた方も90%以上は遺伝子異常が見つからないか、見つかっても治療薬がないか、治療薬が見つかってもアクセスできないなどの理由によって、適した治療にたどりつけません。がん遺伝子パネル検査で有望な治療が見つかるのは、今のところは非常に運が良い一部の人に限られると言わざるを得ません。

二次的所見(secondary findings)について

検出された変異が治療対象変異であるかどうかという判断と並んでもう一つのエキスパートパネルの重要な仕事は、検出された変異が正常細胞系列に生じた遺伝性疾患に関連するか、またそれをどう扱うかという判断でしょう。

ACMGの59遺伝子のリストのように開示すべき遺伝子リストに掲載されているかどうかが重要な判断基準の一つとなりますが、しかしリストに載っている遺伝子であっても全てが有意な二次的所見とは限りません。たまたまその遺伝子上にあったVUSという可能性もあるし、deleteriousな変異であっても変異アレル頻度が1桁%ということもあり、これらが本当に生殖細胞系列上の病的変異なのか、開示することが患者およびその家族にとって意味があることなのかは、慎重に判断する必要があります。そのためにエキスパートパネルには臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーが参加しているのです。

パネル検査で発見された変異が二次的所見かどうかについては機会を改めて、別記事でもまとめたいと思います。

最後に

エキスパートパネルの運営はがんゲノム医療中核拠点病院を中心に行われていますが、現在は全国11箇所の中核拠点病院がそれぞれ試行錯誤しながら発展させてきた形態のエキスパートパネルを独自に行なっている状況です。しかし今後はこの運営の標準化を進めようという動きもあるようです。

エキスパートパネルの中身そのものは高度な個人情報保護の壁もあり、なかなかオープンカンファレンスとして実施されることもなく、地域の研究会などでもリアルの症例提示がされることはなかなか無いようです。がんゲノム医療連携病院に勤務している方であれば毎週見ている見慣れた光景であってもこれをその他の施設に紹介するのは容易ではありませんが、最近の世間の関心の高まりを受けてがんゲノム医療に関する勉強会なども多数開催されているようですので、機会があればぜひその中に飛び込んでみるのがよいのではないでしょうか。


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更新日:2020-06-25 閲覧数:4143 views.