腫瘍学レ点ノート

2020-05-04

抗がん剤をいつやめるか?どうやめるか?最期まで患者さんの人生を支える医療の実践

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タイトルがこういうタイトルだし、編者は勝俣範之先生だし、読んでみるまでは化学療法の実践に関する腫瘍内科学のテキストだと考えていました。しかし、読んでみるとこれは化学療法に関して書いた本というよりはコミュニケーションとACPに関して書かれた本だと思いました。

(Amazonで検索すると、よく似たタイトルの「抗がん剤10の『やめどき』」という本が出てきますが、こちらは全く異なるものですのでお間違えのないように!

購入前に予想していた印象は、腫瘍内科学の本

抗がん剤のやめ時に関するエビデンスレビューから始まり、臓器別の後方ラインの化学療法に関する現状を解説し、そして各領域のスペシャリストが持論を述べるという構成は、腫瘍内科が好きなガチガチなエビデンスを詰め込んで理論武装した一冊になっているのだろうと思っていたのです。勝俣範之先生が編者だということも、そういう本だろうと思わせる要素の一つでした。

そして、そういう書籍を期待してAmazonに注文しました。いつもなら帰りに寄り道して大きなショッピングモールにある大きな書店で実物を見てから購入することが多いのですが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の関係でショッピングモールの大型書店も営業を取りやめてしまったので、目次と著者一覧くらいしか知らない状態でこの本を注文したのです。

実際に本を見てみてからの印象はアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の本

本が届いてひと目見てみて、これはそういう本ではないということに気づきました。化学療法に関する本というよりは、ACPに関する本でした。

抗がん剤のやめ時、やめ方の相談はACPのプロセスでもある

腫瘍内科医に限らずがん診療に従事する医療者(外科医であっても看護師や薬剤師であっても)が遭遇する多様なシチュエーションを紹介し、こういうときにどのようなコミュニケーションを行うかを紹介しているページが多いのですが、まさにこういうがん治療の先が見えてきたときに医療者と患者が交わす会話は、ACPがいうプロセスそのものに繋がります。

第2章の総論3の西智弘先生の項にその趣旨がまとめられていますが、がん治療が始まったときからACPの実践は長い時間をかけて始まっています。

1回の話し合いで終わるようなイベントではなく、時間をかけて価値観を共有して信頼関係を醸成し、今後の時間の過ごし方について考えてゆくことが「抗がん剤をいつやめるか?どうやめるか?」というタイトルにつながったのでしょう。

性急にならず腰を据えた話し合いを

ACPといえば昨年に芸人を起用した「人生会議」のポスターが話題を呼び(炎上し?)TwitterでもTLがずいぶんと騒がしくなったのが記憶に新しいところです。あのときはACPとは話し合いのプロセスであるから終末期に集中治療室で管に繋がれないように事前指示書を作成しておくのは話し合いの結果の一側面に過ぎずこんなものはACPではないという意見から、ACPに無関心で目を向けようとしない人にはこれくらいショッキングな画像を提示して強いインパクトを与えないとメッセージが届かないという意見まで、喧々諤々の議論を呼んでいました。

この本はそういう熱い議論からは少し距離をおいて、静かに、慎重に、じっくりと医療者とがん患者の接点を取り上げています。実際の本の中身は購入して手にとっていただいて確認してもらうとして、印象深かった部分を少しだけご紹介させてもらいます。

少しだけ中身のご紹介

巻頭のエビデンスレビューは総論的な知識のおさらいから始まりますが、本書の特徴はやはり豊富なケーススタディにあると思います。印象深かったものをいくつか見てみます。

一般的なACPでは解決できないケース

本人が終末期まで化学療法を中止することに同意せずあくまで積極的治療を望み、医療者が抗癌剤治療を止めるタイミングを掴みかねたまま呼吸不全になり死亡した若い肺癌患者(「肺癌 クリニカルシナリオ2」38ページ)

抗がん剤治療中止の話し合い方、余命の話し合い方

患者に過度な期待を持たせてしまう安易なコミュニケーションは後に病状が進行したときの疑念に繋がり信頼関係が損なわれることが懸念されるが、誠実に話し合うことでよりよい治療選択を選べることを示唆する研究結果が多数報告されている(「がん医療における悪い知らせの際の効果的なコミュニケーション」102ページ)

抗がん剤治療の限界についての話し合い

抗がん剤治療は生活を維持するために行うもので治療そのものが目的でない、治療効果と生活の質を引き換えにした選択の考え方、将来のことを冷静に判断できないときの対処、いきなり何の準備もなく治療中止の話し合いをするのではなく普段から対話の中で治療には限界があることを繰り返し示唆してゆくこと(「私はこうしてやめている4 精神腫瘍医」156ページ)

「なぜ教えてくれなかった」今も無念さに苦しむ遺族

天に昇るための旅支度をする時間を与えてもらえず、あの主治医は本当にハズレだったと吐き捨てる家族とのコミュニケーション(「患者が希望するコミュニケーション」131ページ)

ぎりぎりまで治療を望む思い

抗癌剤治療を続けることが難しい状況の中で、抗がん剤の効果が期待できないことにうすうす気づきながらも「なにかできること」を求め続ける患者は、ともすると医療者には「病状理解が悪い患者」「現実が見えていない患者」と見えてしまうかもしれない(「やめどきをめぐるサポート」183ページ)

患者からの余命についての質問に戸惑うがん治療医

患者が主治医に自分の余命を尋ねるとき、患者は単に予測される余命の長さを知りたいのではない。見通しの共有、希望を持ちつつ心の準備をする、不確実性や無力感やネガティブな感情との折り合い(「余命を聞かれたとき」190ページ)

なかなかズッシリと重いテーマが並んでいることがわかるのではないでしょうか。ここに挙げたものを見るだけでも、これが単に化学療法の実施を主たる仕事にしている腫瘍内科だけの書籍ではなくがん診療に関わる全ての医療者に共通するテーマを扱っていることがわかると思います。

さいごに

その他にも沢山のケーススタディが取り上げられています。書籍に掲載するということである程度デフォルメされているであろうことと、どうしても「コミュニケーションがうまく行った症例」に偏りがちなのが気になりますが(publication bias!?)、それでも他人の経験したバリエーション豊かな症例からいろんなことが学べます。

(お上品な本には似合わないかもしれないけど、もうすこし「失敗症例」「苦労した事例」「ひどいことになったコミュニケーション(悪い例)」もあってもよかったかも?)

どのケーススタディにも共通しているのが患者と医療者のコミュニケーション、それもワンポイントではなく経時的な流れを持って時間をかけて作る、まさにACPのプロセスを大切にしているということです。がん診療の現場における大きな大きなテーマなのですが、このテーマに焦点を当てた書籍というのは今まであまりなかったように思います。

230ページで5,000円以上と、わりと「いいお値段」がする本なのですが、がん診療に携わるすべての医療者にオススメしたい一冊です。

抗がん剤をいつやめるか? どうやめるか? 最期まで患者さんの人生を支える医療の実践
「抗がん剤をいつやめるか?」「やめないとどうなるか?」「何をどう伝え、話せばよいのか?」「余命を聞かれたらどうするか?」「緩和ケアはどうするか?」「民間療法を受けたいと言われたら?」臨床現場で最も難しい命題に各領域のエキスパートが正面から取り組んだ画期的な書籍!
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