レ点腫瘍学ノート

Top / 日記 / 2020年 / 04月20日

検査の感度・特異度の頭の体操

検査の感度・特異度が注目を集めています

新型コロナウイルス感染症に関するPCR検査で、感度・特異度に関する話題が非常に盛り上がりました。

これは単純な掛け算と割り算で算出できるにも関わらず直感に反した結果が出てくることがあることから、毎年約500問程度ある医師国家試験でも1問はこれに関する問題が出てくるほか、算数クイズとしても楽しめる小ネタになります(実際には、感度・特異度だけでなく尤度比や陽性適中率などという数字も出てくることが多いが、これも小学生の算数で計算できます)。

新型コロナウイルスに関するPCRは感度の問題が言われている

新型コロナウイルスに関してはPCR検査が世界中で行われていますが、この検査は感度が50〜70%しかないと言われています。つまり実際にこのウイルスに感染した患者にPCR検査を行っても、その50〜70%くらいの人しか陽性にならず、残りの30〜50%程度は陰性という結果になる(患者側の視点にたてば「見落とされてしまう」とも言えます)ということになります。

特異度の問題も無いわけではありません。極めて配列が類似した塩基配列を陽性と取りかねないという問題もあれば、もっと原始的なレベルでは、他人の検体が混ざってしまったとかポジコン試薬が混ざってしまったということも考えられます(愛知県ではそういうニュースもありました*1)。しかし、PCRはもともと感度に問題があっても特異度は比較的高い検査方法なので、今回はややこしくならないように、しばらく感度に的を絞って話をすることにしましょう。

「真の疾患を有する人」の数がわからないときの感度ってどうなっているの?

私達はそもそも感度は無意識のうちに「真の疾患を有する人のうち検査が陽性になる割合」と認識しています。しかし、その「真の疾患を有する人」がどれだけいるかわからない状況では、一体どうやって計算をするのでしょう。今のところ、正確な「疾患あり」の患者数そのものを知っている人が世界中のどこにもいません。

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したがって、感度と特異度を求める前提として「疾患あり」「疾患なし」が正確に定義されている必要があるのです。これは、上の図で言えば赤い四角の部分に何を当てはめるのかを、前もって定義しておく必要があるということです。計算をする以前の問題として、感度の分母となる数字がどこにあるのかを決めるということです。

初期の頃は本当にウイルスをガチで探していた

新型コロナウイルス感染症に関して言えば、新しい病原体がいるということが騒がれだした当初には中国の研究機関でウイルスのゲノムを採取して、そのゲノムをシーケンスした結果、これまでデータベースに収録されている従来のコロナウイルスとは塩基配列が異なる新型のコロナウイルスであるということが確認されたでしょう。初期の初期には「疾患あり」を確認するにはウイルスゲノムを直接読みにゆくしかなかったのです。

そのうちウイルスをガチで探さなくても良い定量PCR手法が発表された

数週間のうちには中国の研究機関などから新型コロナウイルスの全ゲノム配列がシーケンスされて、それをもとに定量PCRでこのウイルスを検出するための測定方法が公表されました。

その後も細かいプロトコルやプライマー配列には変更があったかもしれませんが、今では世界中でこれに基づく考え方で新型コロナウイルス感染症の検査を行っているわけです。

つまり、もはやウイルスそのもののゲノム配列をシーケンスはしていません。初期にはウイルスを取ってきてそのゲノムをシーケンスし、既存のデータベースに収録されたものとは異なるウイルスを「疾患あり」と定義していました。しかしそれは大変な手間とコストを伴うために、現実世界では定量PCRでこの塩基配列が検出されることをサロゲート(代替)の「疾患あり」の定義としたと言えます。

検査の精度は、何を対象にした感度かどうかが重要

少し前に日本の島津製作所が「陽性一致率、陰性一致率はいずれも100%」をうたう新型コロナウイルスの検査試薬を発表し、話題を呼びました。Twitterでは多くのあわてんぼうたちが「100%!すごい検査だ!」と飛びつきましたが、あまりにも大きな騒ぎになったのでその後に誤解を解くために多くのツッコミが入るという事態になりました。

迅速化するけど「判定精度100%」ではありません 島津製作所・新型コロナキットで誤解広まる
島津製作所が2020年4月20日から販売する新型コロナウイルスの検出試薬キットをめぐり、一部で誤解が起きている。同社は「陽性一致率、陰性一致率はいずれも100%」とうたっている。だが、100%なのはPCR検査との一致率であって、判定精度が100%というわけではない。「陽陰性の判別が100%って凄い!」研究用に開発されたこのキットは、PCR検査に使うことで省力化・迅速化が期待できる。同社の発表によれ
https://www.j-cast.com/2020/04/12384107.html

これは、感度と特異度の2x2表の「疾患あり」にどんな定義を当てはめるかということに由来する典型的な誤解の例と言えます。島津製作所の検査は「PCR検査が陽性になる症例を100%拾い上げられることを感度100%」と定義した(これをPCR検査との陽性一致率が100%と表現した)にも関わらず、多くのあわてんぼうは「新型コロナウイルス感染症を100%拾い上げられることを感度100%」と定義されているものと期待して、PCRの偽陰性例も拾い上げられる夢の検査試薬と思い込んでしまったのでした。

話を戻す

Twitterで興味深いツイートがあったので、それをネタに頭の体操をしてみましょう。米国のワシントン大学とアボット社が抗体IgG検査(PCRとはまた異なる検査方式です)で感度100%、特異度99.6%を達成したというのです*2

これ、数字を見るとすごいですね。感度が50〜70%のPCR検査なんておもちゃみたいなものです。世界中、全部この検査にしましょう。見落としがなくなって完璧な医療が提供できます。

でも、ちょっと待ってください。先程の2x2表の赤い四角の部分に何を当てはめるかが問題です。

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あのですね、感度100%とか、特異度とか、どう定義しているのでしょうか?RNAのRT―PCRと一致するということ?PCRの感度は半分くらいだから、これは、感度が半分程度だということ。逆に真の新型肺炎を全部捕まえていたら、『特異度』は半分くらいになるはず。 https://t.co/7tWNsTMoXf

— buvery (@buvery) April 20, 2020

今のところ診断のゴールドスタンダードが定まってないので、この赤い四角に何を入れるかが問題ですねえ。研究試薬なポジコンを入れることはできますが、ポジコンに対する感度100%ならおそらく現状のPCRでも達成しているでしょう。

赤い四角に「真の疾患あり・なし」を入れたいが…

真の疾患ありに関して感度が100%、真の疾患なしに関して特異度が99.6%ならば、これは理想的な検査と言えますが、真の疾患のあり・なしを定義できない以上はこれは現実的ではありません。

赤い四角に「PCR陽性あり・なし」を入れた場合

島津製作所の検査キットと同じように、ここにPCR検査結果での「PCR陽性あり・なし」を入れるのは現実的ですが、そうすると感度特異度100%はPCR検査結果と一致するとは言えますがPCR検査を上回る精度であるとは言えません(PCR検査自体が感度100%ではないので、それと一致するということはPCR検査と同等の感度にしかなりません)。

一方でこの抗体検査が本当に「真の疾患あり」に対する感度が100%であったとすると、抗体検査はPCRが拾いきれなかった30〜50%の「疾患あり」の人も陽性と判定できるということになりますが、これは「PCR陰性を抗体検査が陽性と『誤判定』」していることになりますので特異度は下がります。いや、本当は誤判定ではないのですが、赤い四角が「定義」なのですから、PCR陰性なのに抗体陽性と出れば定義に反するという意味で『誤判定』です。

実際のところは「血中IgG抗体のあり・なし」か?

アボットのWebサイトを見てみても、この赤い四角に入るものが何なのかを見つけることはできませんでした*3。しかし、血中IgG抗体のありなしを判断するキットですので、おそらくIgGを血中で想定される濃度で混ぜた血漿のようなものに対する値を指しているのだと思います。

こういう判定用のコントロール試薬を陽性と判定できるかどうかをサロゲートマーカー的に使っているので、この検査もまた「真の疾患あり」に対する陽性・陰性を判定しているというわけではないという結論になるような気がします。詳しくは今後出てくるであろう製品資料を見て見る必要があります。

しかしIgG抗体検査という原理を見ると、これまでに新型コロナウイルス感染症から復帰した患者でも抗体が付いていないという人もいることや、医学的に考えて疾患発症からIgG抗体が陽性になるまでは一定(数日?)のタイムラグがあることから、条件によってスペック通りの感度・特異度が達成できなかったり発症早期には使いにくかったりするという問題は今後明らかになってくるかもしれません。

頭の体操のミソは赤い四角

肝心な頭の体操のミソは、赤い四角に何が入るのかを考えずに感度・特異度を考えることは危ないよということでした。「真の疾患あり」の数がつかみにくい疾患の場合は、だいたいの場合は何らかのサロゲート的な検査を「疾患あり」と無理やり定義づけて検査を行っています。だから、いきなりそこに感度と特異度が100%近い検査が出てきたときは、それが何に対する100%なのか、分母は何なのかを見極める必要がありそうです。

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*1 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200413-00000003-asahi-sctch
*2 https://www.kiro7.com/news/local/breakthrough-covid-antibody-test-with-nearly-100-accuracy-can-help-reopen-economy/RFCEDOCPVJEWPMYKUVSEVRRPYQ/
*3 https://www.abbott.com/corpnewsroom/product-and-innovation/abbott-launches-covid-19-antibody-test.html

更新日:2020-04-20 閲覧数:2098 views.