レ点腫瘍学ノート

2020-10-20

パネル検査の標準治療終了見込みとはどのタイミングなのか問題

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がんゲノムプロファイリング検査は現状では標準治療が終了または終了見込みの固形がん患者、または標準治療のない希少がんや原発不明癌の患者を対象して保険適用となります。標準治療が終了したというのはわかりやすいですが、標準治療が終了する見込みというのは一体どういうことか、いつの段階のことなのか。この表現では、どの段階を標準治療が終了する見込みと指しているのかが曖昧(というか意味不明)です。

極論を言えば、(胚細胞腫瘍など化学療法のみで治癒が期待できる一部の腫瘍を除けば)ほぼ全ての臓器において切除不能のstage IVのがん患者となった時点で全ての患者が標準治療が近い将来に終了する見込みであると言えます。こういう曖昧な基準をかざされると現場が困ってしまうので、何か手がかりになるものがないのかを探してみました。

厚労省の疑義解釈

がん遺伝子パネル検査、「主治医が標準治療終了見込み」と判断した患者にも保険で実施可能―疑義解釈16【2018年度診療報酬改定】 | GemMed | データが拓く新時代医療
厚生労働省は8月26日に「疑義解釈資料の送付について(その16)」を公表しました。 今回は、今年(2019年)6月に保険適用された「遺伝子パネル検査」について現場の疑問に答えています。 【2018年度診療報酬改定・疑義解釈に関する関連記事】 ▽疑義解釈1の1 ▽疑義解釈1の2 ▽疑義解釈1の3 ▽疑義解釈2 ▽疑義解釈3 ▽疑義解釈4 ▽疑義解釈5 ▽疑義解釈6 ▽疑義解釈7 ▽疑義解釈8 ▽疑義
https://gemmed.ghc-j.com/?p=28184

2019年8月の時点で厚生労働省はがん遺伝子パネル検査の保険適用に関する疑義照会に対して「標準治療の終了が見込まれる者とは、主治医が医学的判断に基づき、標準治療の終了が見込まれると判断した者である」と示されています。したがって主治医が標準治療終了見込みと言えば標準治療終了見込みなのであるということが通りそうであり、これについては保険審査委員など外部の人ではなく担当医の裁量が認められていると言えます。

ちなみに、この疑義照会では患者が説明時点で死亡している場合は保険請求できないことなどと合わせて、「患者本人が受診困難などやむを得ない事情があり患者本人の同意を得たうえで患者の代理人に説明した場合には点数を算定できる」となっていますから、全身状態悪化のために患者が他院に入院している場合は保険請求はできそうです(ただしその入院先がDPC病院であれば先方入院中にこちらの保険適用にはやはり制限があります)。

大腸癌研究会が出している指針

最も早い段階で知ったのは大腸癌研究会の指針でした。

JSCCR | 大腸癌研究会
大腸癌研究会は、大腸癌の診断・治療の進歩を図ることを目的として1973年に設立された、日本の大腸癌の研究・診療を牽引している研究会です。大腸癌に関するさまざまな研究を行い、治療ガイドラインや取扱い規約を作成しています。また、全国の大腸癌の研究・診療に従事している方々、さらに一般の方々への情報発信にも力を入れています。
http://www.jsccr.jp/guideline/news/202009_02.html

大腸癌研究会の「ガイドライン委員会のコメント」としてはこのように記載されています。

CGP検査の有益性を最大限高めるためには、検査結果返却までに通常4週間以上を要することを考慮して、検査のタイミングを判断する必要がある

大腸癌はフッ化ピリミジン系をベースとしてオキサリプラチンやイリノテカンといくつかの分子標的薬を併用する一次治療と二次治療の治療成績は大きく伸びつつあり、また三次治療以降にもレゴラフェニブやFTD/TPIが登場しているものの、三次治療以降はPFSは約2ヶ月とかなり短くなっています。つまり三次治療が始まった時点でがん遺伝子パネル検査に踏み切るくらいでなければ実際に治療を受ける機会を逸する可能性が懸念されます。したがって、このコメントでは以下のことを述べています。

切除不能進行再発大腸癌の患者に対しCGP検査を行う場合には、二次治療開始から後方ライン治療移行までの間に実施することが望ましい。ただし、腫瘍量や疾患進行の速度には個体差が大きいことを十分考慮し、患者の病態に応じたタイミングで本検査を実施することが適切である。

FOLFOXおよびFOLFIRI(またはそれに準じる経口フッ化ピリミジン併用レジメン)を終了した時点でパネル検査を提出するのが妥当なタイミングと言えそうです。

似た縛りを受けているMSI検査はどうか

ちなみに大腸癌ではもうひとつ同じように標準治療終了見込み以降という縛りの付いた重要な検査があります。MSI検査がこれにあたり、大腸癌はMSI−Hがしばしば見られて免疫チェックポイント阻害剤の対象となるためにこれを評価しなければなりません。MSI-H大腸癌二関してはKEYNOTE-164試験で二次治療の、KEYNOTE-177試験で一次治療の免疫チェックポイント阻害剤の有用性が示されているため、できるだけ早い段階でMSI検査を提出することが望ましいのですが、標準治療終了見込みという縛りでもどかしい思いをしている関係者は少なくないはずです。

これについては先日のとある全国講演会で「あなたの大腸癌診療ではMSI検査をどのタイミングで提出しているか」というVotingがあったのですが、過半数が「一次治療開始以降、二次治療開始前まで」を選ばれていました。次に多いのが「一次治療開始前」の選択肢でしたが、一次治療開始前ではほぼ確実に保険が査定されるのでこれを選んでいるのは臨床研究などを兼ねた大学病院などではないかと思われます。いずれにせよ、治療の流れを考えるとMSI検査もできるだけ早い段階で測定するのが妥当と考える人が増えてきている印象です。

日本乳癌学会からの提言

FQ21.乳癌診療において次世代シークエンサー等を用いた遺伝子パネル検査をどのように考えるか? | 乳癌診療ガイドライン2018年版
2.転移・再発乳癌 ステートメント ・転移乳癌に対して、遺伝子パネル検査を行う適切な時期や予後改善効果は、現時点では明らかではないが、薬剤開発や臨床試験に深く組み込まれており、その有用性が明らかとなることが期待されている。 ・ 遺伝子パネル検査前の留意事項としての「標準治療」は一般的にはガイドラインの各項で「強く推奨」されている治療と位置付ける。ただし、個々の患者の状況に応じて、すべてを行わずとも遺伝子パネル検査の対象となりうる。 ・ 遺伝子パネル検査を行うタイミ
http://jbcs.gr.jp/guidline/2018/index/yakubutu/y2-fq-21/

乳癌はどうなのか

日本乳癌学会もこのような提言を出していたようですね。これによると「腫瘍組織提出後、解析結果の返却までの期間が6-8週であることを考慮」して標準治療が継続されているうちからがん遺伝子パネル検査を提出することが望ましいとされています。そして、その標準治療は「一般的にはガイドラインの各項で強く推奨されている治療」と位置づけられています。同時に「現状では試験的治療自体の数が少ないこと、試験的治療実施施設の数が少ないこと」が現状の課題として挙げられています。

さて「強く推奨する」といいながら乳癌診療ガイドライン2018年版では推奨の強さは1から4の数字で評価されているのですが(前版ではAからDでした)、巻頭のガイドライン作成にあたっての文章を読むと推奨度1が行うことを強く推奨するということになっています。したがって推奨度1の治療が終わりそうな段階を標準治療終了見込みと考えればよさそう。

乳癌は保険適用となる化学療法剤も多くあるので保険が通るものをすべて標準治療と見なせばいつまでたってもがん遺伝子パネル検査にたどり着けません。そうこうするうちに全身状態が悪くなってしまっては患者にとっての不利益は大きくなってしまいます。学会からこのような提言が出たのは大きな意義を持つと考えます。

内分泌療法

がん遺伝子パネル検査の対象となりそうな患者では、当然内分泌療法は使えるものは使っていそうではありますが、ガイドラインの推奨度を見てみましょう。タモキシフェンやAI、フルベストラントは軒並み推奨度1です(CQ16を見るとフルベストラントは強く推奨か弱く推奨かで意見が割れたようです)。一方で閉経後のCDK4/6阻害剤は推奨度1ですが、閉経前に関してはパルボシクリブはOS延長のデータが無いことや費用面の問題などから推奨度は2です。また閉経後のエキセメスタン+エベロリムスもOS延長のエビデンスがないことなどから推奨度は2。さらに、内分泌療法は3次治療以降となると薬剤の種類を問わずいずれも弱く推奨(推奨度2)のようです。これを見ると内分泌療法とその併用薬はすべて使い切っていなくても2ラインまで行っていればパネル検査に踏み切るのはOKと言えそうです(実際に内分泌療法を使い切るほどの時間的病勢的余裕がない症例は少なくないはずです)。

化学療法

一次化学療法として強く推奨されているのはアンスラサイクリンとタキサンで、これは鉄板です。アンスラサイクリンは毒性の問題がありますが「毒性を勘案しても有用と考えられ」と書かれています。二次治療以降は一次治療で使われなかったアンスラサイクリン・タキサン・S-1に加えてカペシタビン・エリブリンのいずれかが推奨度1でゲムシタビンとビノレルビンが推奨度2です*1。ちなみにタキサン等への上乗せとしてのベバシズマブは推奨度2です。

以前の乳癌診療ガイドラインでは三次治療以降はエビデンスが乏しいということで推奨度が1段下げられていたように思うのですが(手元にある2013年版では確かに推奨度B以下となっている)、2018年版では三次治療以降について推奨度を示すのではなくステートメント*2(「漫然と治療を継続するのではなく,個々の症例の治療経過,治療目標,リスクとベネフィットのバランスなどを考慮して,慎重に治療方針を検討する必要がある」)で言及されるようになったようですね…。何ラインまで行えばよいのかという明確な基準はなさそうですが、アンスラサイクリン→タキサン→エリブリンくらいまで行って、さらにS-1かカペシタビンまで行っていれば十分でしょうか。

抗HER2療法

一次治療のトラスツズマブ+ペルツズマブ、二次治療のT-DM1は推奨度1ですし、今後は三次治療でT-DXdも強く推奨されるのは間違いないでしょう。一方でラパチニブなどHER2-TKIは「強く推奨」されている場面がありません、また抗HER2療法は(T-DXd登場以前の段階では)三次治療以降の抗HER2療法の継続は弱く推奨(推奨度2)になっていますので、2ラインまで行えば良さそうです。T-DXdがガイドラインに収載される段階で推奨度1の治療が増える可能性があるので注意が必要です。

肺癌の場合

肺癌患者における次世代シークエンサーを用いた遺伝子パネル検査の手引き:特定非営利活動法人 日本肺癌学会
特定非営利活動法人 日本肺癌学会 公式サイト
https://www.haigan.gr.jp/modules/guideline/index.php?content_id=40

肺癌は少し状況が特殊です。コンパニオン診断に基づく個別化治療が普及している領域ですが、オンコマインDxTTが実施可能になっているのでがん遺伝子パネル検査の必要性が相対的に下がっているためです。FoundationOne CDxのコンパニオン診断機能の有用性は認めつつもその保険適用の制限があるために「コンパニオン診断薬としては利用しづらい」と記載されています。

まとめ

このように学会や領域によって多少の差はあるものの、標準治療終了後というのを頑固に守るのではなく終了見込みというのを柔軟に考えてゆくことができそうです。正確な治療経過予測が難しいことは日頃から実感していますが、標準治療の矢玉が尽きて全身状態が落ち始める前に治験やその他の治療を提示できるタイミングで検査に踏み切ることが理想と考えるのが自然に思えます。いずれは初期治療の前にコンパニオン診断としてパネル検査を適用する時代が来ると思いますが、それまでの間は大腸癌研究会や日本乳癌学会の示した指針が一つの目安になりそうです。

それにしても、大腸癌研究会のコメントにしろ乳癌学会のガイドラインの言及にせよ、上のツイートでも触れられているようにがんゲノム医療の最前線にいる人にもあまり認知されていないように思います。ぜひ周りでこのコメントなどをまだ知らない人があればおしえてあげてください。

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*1 http://jbcs.gr.jp/guidline/2018/index/yakubutu/y2-cq-19/
*2 http://jbcs.gr.jp/guidline/2018/index/yakubutu/y2-fq-8/