レ点腫瘍学ノート

がんゲノム/エキスパートパネル勉強会 の履歴ソース(No.1)

#author("2019-11-07T07:56:31+09:00","default:tgoto","tgoto")
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がんゲノム医療という言葉が頻繁に聞かれるようになり、がんゲノム医療中核拠点病院とがんゲノム医療連携病院が指定されて本格的に癌遺伝子パネル検査を使ったがん診療が動き出しました。2019年は「がんゲノム医療元年」とも言われているようです。

がん遺伝子パネル検査を受けた場合、その検査結果についてエキスパートパネルで検討することが必要となっています。しかし実際に参加したことがないと、エキスパートパネルでどのようなことが検討されているのか、今ひとつはっきり知らないという方も少なくないでしょう。今回は、エキスパートパネルとはどんなものでどのようなことを議論しているのかについて勉強してみたいと思います。

**エキスパートパネルを実施するにあたって必要な前情報

エキスパートパネルはがん遺伝子パネル検査に基づいて行なわれるとはいえ、異常をきたした遺伝子異常名だけを見て治療薬を提示するのではなく、当然ながら患者の病歴や治療経過も踏まえて議論をすることが必要です。そのためには患者に関する背景情報を登録する必要があり、一例として下記のような臨床的背景のデータを登録しておくことが求められます。

匿名化患者ID、中核拠点病院コード、連携病院コード、性別、年齢、生年月日、
同意情報、がん種区分、登録時転移の有無、登録ID
パネル検査種別、採取日、採取方法、採取部位
診断名、喫煙歴、飲酒歴、ECOG PS、多発がん(有無/活動性)、重複がん
(有無/部位/活動性)、家族歴(有無/続柄/がん種/罹患年齢)
特定のがん種に対する遺伝子検査結果(EGFR, ALK, ROS1, HER2, KRAS,
NRAS, BRAF, gBRCA1/2など)
院内がん登録情報(診断日、診断根拠、診断施設、治療施設、症例区分、原発部位(局在コード、テキスト)、臨床病期、病理病期、病理診断(形態コード、テキスト)など
化学療法歴 治療ライン、実施目的、実施施設、レジメン名、用法用量、開始/終了日、最良
総合効果、判定日
有害事象 Grade3以上の有害事象有無、有害事象名、発現日、最悪Grade
病理 病理レポート
転帰 転帰、最終生存確認日、死亡日、死因
中止 検査中止日、中止理由

**がん遺伝子パネル検査の結果レポート例

がん遺伝子パネル検査そのものにも様々な種類があり、それぞれの検査種も日々バージョンアップを続けているので、レポートのフォーマットは絶対的なものではありませんが、NCCオンコパネルの資料などを見ると、パネル検査のレポートでは下記のような内容が記載されているようです。

-患者ID(症例ID)
-サンプル品質
-変異情報
--変異遺伝子名
--変異アレル頻度
--検出された変異箇所(塩基番号またはコドン番号)
--変異種別(SNVなのかINDELを含むframeshiftなのか、amplificationなのか、転座などの染色体異常なのか…)
--ClinvarまたはCOSMICなどのデータベース登録の有無

たとえばNCCオンコパネルの資料では

**3学会合同ガイダンスによるエビデンス分類

エキスパートパネルでしばしば出てくる

|基準|日本3学会|米国3学会|造血器|EPWG改定案|
|当該癌腫で国内承認薬あり|1A||A|A|
|当該癌腫でFDA承認薬あり|1B|A|A|A|
|当該癌腫のガイドライン記載|1B|A|A|A|
|当該癌腫で質の高い臨床試験とコンセンサス|2A|B|B|B|
|異なる癌腫で国内またはFDAの承認薬あり|2B|C|C|C|
|異なる癌腫で質の高い臨床試験とコンセンサス||||C|
|癌腫を問わず小規模な臨床試験||||C|
|臨床試験の選択基準に使用||C|C||
|癌腫を問わず当該変異で症例報告|3A||D|D|
|In vitro・in vivo前臨床試験で治療効果あり|3B|D|D|E|
|がんに関与することが知られている||4|F||
|耐性変異||||R|

国内3学会=日本臨床腫瘍学会(JSMO)、日本癌治療学会(JSCO)、日本癌学会(JCA)
米国3学会=米国分子病理学会(AMP)、米国臨床腫瘍学会(ASCO)、米国病理医協会(CAP)

上記の国内3学会合同ガイダンスに基づくエビデンス分類にしたがって検出された変異に対する治療候補として提示できるかを検討します。国内3学会で1A〜1Bとされたものはいわゆる標準治療であるから多くは保険適用がされていますし、がん遺伝子パネル検査を受ける患者はすでにこれらの治療を受けている可能性が高いでしょう。

対象臓器、検出された遺伝子異常およびその異常形態(たとえばframeshiftなのかpoint mutationなのか)、さらにエキスパートパネルの運営形態やスタンス(積極的か保守的か)によっても変わりますが、一般的には上記のエビデンスレベル3A程度までが推奨薬として提示されるのではないかと思われます。
「癌腫を問わず当該変異で症例報告がある」というのは、遺伝子名が同じなだけではなく変異箇所までが同じである必要があります。たとえばKRAS G12Cに対して有効性が報告された治療薬が推奨されるのはKRAS G12C変異が検出された場合だけであり、同じKRAS異常であってもG12DやG12Vなど異なる変異に対しては推奨とはなりません。

強く推奨はされるが治療薬が保険適用とならず治療薬アクセスが問題となる頻度が高いのは2B相当で、これは「海外に治療薬はあるが国内で承認されていない」というドラッグラグが発生している状況などが考えられますが、このレベルの治療薬は国内承認に向けての国内治験が行なわれていることも少なくないので、アクセス可能な範囲に参加可能な治験の募集などがないかをエキスパートパネルで検討します(治験情報を収集するのは大変なので、CーCATや検査会社の提供するレポートの情報をもとにすることが多い)。

**二次的所見(secondary findings)について

検出された変異が治療対象変異であるかどうかという判断と並んでもう一つのエキスパートパネルの重要な仕事は、検出された変異が正常細胞系列に生じた遺伝性疾患に関連するか、またそれをどう扱うかという判断でしょう。

ACMGの59遺伝子のリストのように開示すべき遺伝子リストに掲載されているかどうかが重要な判断基準の一つとなりますが、しかしリストに載っている遺伝子であっても全てが有意な二次的所見とは限りません。

たまたまその遺伝子上にあったVUSという可能性もあるし、deleteriousな変異であっても変異アレル頻度が1桁%ということもあり、これらが本当に生殖細胞系列上の病的変異なのか、開示することが患者およびその家族にとって意味があることなのかは、慎重に判断する必要があります。そのためにエキスパートパネルには臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーが参加しているのです。パネル検査で発見された変異が二次的所見かどうかについては別記事でもまとめたいと思います。