レ点腫瘍学ノート

がんゲノム/エキスパートパネル勉強会 の履歴差分(No.3)


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*がんゲノム医療エキスパートパネル勉強会

がんゲノム医療という言葉が頻繁に聞かれるようになり、がんゲノム医療中核拠点病院とがんゲノム医療連携病院が指定されて本格的に癌遺伝子パネル検査を使ったがん診療が動き出しました。2019年10月からは、中核拠点病院と連携病院の間(3階建ての2階に相当)するがんゲノム医療拠点病院の認定も始まりました。2019年は「がんゲノム医療元年」とも言われているようです。

がん遺伝子パネル検査を受けた場合、その検査結果についてエキスパートパネル(専門家会議)で検討することが必要となっています。しかし実際に参加したことがないと、エキスパートパネルでどのようなことが検討されているのか、今ひとつはっきり知らないという方も少なくないでしょう。今回は、エキスパートパネルとはどんなものでどのようなことを議論しているのかについて勉強してみたいと思います。

*エキスパートパネルに参加している職種
*多職種による専門家会議

エキスパートパネルには様々な職種が参加していますが、エキスパートパネルは専門家会議と翻訳されることもあるくらいですから色々な専門家が参加しています。次に述べる人たちの参加が必須と考えられています。

**エキスパートパネルに参加している職種

-担当医
-がん薬物療法の専門医
-臨床遺伝専門医や臨床遺伝カウンセラー
-病理医(将来的には分子病理専門医?)
-分子遺伝学の専門家
-バイオインフォマティシャン(ゲノムデータ解析の専門家)

これらは各がんゲノム医療連携病院に在籍しているとは限らないので(自前のバイオインフォマティシャンを雇用している連携病院は希有だと思います)、各連携病院はがんゲノム医療中核拠点病院にぶら下がるような形で紐づけられており、web回線で接続したテレビ会議などで一緒に症例の検討を行います。

このエキスパートパネルに参加が必要な職種はほとんどががんゲノム医療中核拠点病院の認定に必要な要件となっているので、中核拠点病院にすでに認定されている施設の場合はこれらのスタッフが揃っているはずです。

また、3階建ての2階に相当するがんゲノム医療拠点病院もこのエキスパートパネルを開催できることになっています。がんゲノム医療連携病院は単独ではエキスパートパネルは開催できません。

*エキスパートパネルを実施するにあたって必要な前情報
*臨床情報の収集

エキスパートパネルはがん遺伝子パネル検査に基づいて行なわれるとはいえ、異常をきたした遺伝子異常名だけを見て治療薬を提示するのではなく、当然ながら患者の病歴や治療経過も踏まえて議論をすることが必要です。そのためには患者に関する背景情報を登録する必要があり、一例として下記のような臨床的背景のデータを登録しておくことが求められます。
エキスパートパネルはがん遺伝子パネル検査に基づいて行なわれるとはいえ、異常をきたした遺伝子名だけを見て治療薬を提示するのではなく、当然ながら患者の病歴や治療経過も踏まえて議論をすることが必要です。

そのためには患者に関する背景情報を登録する必要があり、一例として下記のような臨床的背景のデータを登録しておくことが求められます。

**エキスパートパネル前に登録が必要な臨床情報

-匿名化患者ID
-中核拠点病院コード
-連携病院コード
-性別
-年齢
-生年月日
-同意情報
-がん種区分
-登録時転移の有無
-パネル検査種別
-採取日
-採取方法
-採取部位
-診断名
-喫煙歴
-飲酒歴
-ECOG PS
-多発がん(有無/活動性)
-重複がん(有無/部位/活動性)
-家族歴(有無/続柄/がん種/罹患年齢)
-特定のがん種に対する遺伝子検査結果(EGFR, ALK, ROS1, HER2, KRAS, NRAS, BRAF, gBRCA1/2など)
-院内がん登録情報(診断日、診断根拠、診断施設、治療施設、症例区分、原発部位(局在コード、テキスト)、臨床病期、病理病期、病理診断(形態コード、テキスト)など
-化学療法歴
-治療ライン
-レジメン名
-用法用量
-開始/終了日
-最良総合効果
-Grade3以上の有害事象有無
-有害事象名と発現日と最悪Grade
-病理レポート
-転帰
-最終生存確認日
-死亡日
-死因
-検査中止日
-中止理由

がん遺伝子パネル検査をオーダーするにあたってこれらの臨床情報を入力するのが一苦労ですが、適切な症例検討を行うために必要な事項ですので正しい情報を集めるようにしましょう。
がん遺伝子パネル検査をオーダーするにあたってこれらの臨床情報を入力するのが一苦労ですが、適切な症例検討を行うために必要な事項です。

*がん遺伝子パネル検査の結果レポート例
*がん遺伝子パネル検査のレポート

がん遺伝子パネル検査そのものにも様々な種類があり、それぞれの検査種も日々バージョンアップを続けているので、レポートのフォーマットは絶対的なものではありませんが、NCCオンコパネルの資料などを見ると、パネル検査のレポートでは下記のような内容が記載されているようです。

**レポートに記載される内容

-患者ID(症例ID)
-サンプル品質
-変異情報
--変異遺伝子名
--変異アレル頻度
--検出された変異箇所(塩基番号またはコドン番号)
--変異種別(SNVなのかINDELを含むframeshiftなのか、amplificationなのか、転座などの染色体異常なのか…)
--ClinvarまたはCOSMICなどのデータベース登録の有無

たとえばNCCオンコパネルの資料ではこれこれの遺伝子変異が検出されたというサンプルが提示されています。しかし、これだけをみても何が示されていてどのような治療が候補となるのかは簡単には判断できません。そこで、これらの解釈について検討するのがエキスパートパネルというわけなのです。

*3学会合同ガイダンスによるエビデンス分類

エキスパートパネルでしばしば出てくる「エビデンスレベルが3Aだ」というような言葉は、この表にあるような日本3学会合同ガイダンスに基づいています。また、エキスパートパネル標準化ワーキンググループで国内海外の分類の差を小さくした改定案も検討されているようです。

|基準|日本3学会|米国3学会|造血器|EPWG改定案|
|当該癌腫で国内承認薬あり|1A||A|A|
|当該癌腫でFDA承認薬あり|1B|A|A|A|
|当該癌腫のガイドライン記載|1B|A|A|A|
|当該癌腫で質の高い臨床試験とコンセンサス|2A|B|B|B|
|異なる癌腫で国内またはFDAの承認薬あり|2B|C|C|C|
|異なる癌腫で質の高い臨床試験とコンセンサス||||C|
|癌腫を問わず小規模な臨床試験||||C|
|臨床試験の選択基準に使用||C|C||
|癌腫を問わず当該変異で症例報告|3A||D|D|
|In vitro・in vivo前臨床試験で治療効果あり|3B|D|D|E|
|がんに関与することが知られている||4|F||
|耐性変異||||R|

国内3学会=日本臨床腫瘍学会(JSMO)、日本癌治療学会(JSCO)、日本癌学会(JCA)
米国3学会=米国分子病理学会(AMP)、米国臨床腫瘍学会(ASCO)、米国病理医協会(CAP)
''国内3学会''=日本臨床腫瘍学会(JSMO)、日本癌治療学会(JSCO)、日本癌学会(JCA)
''米国3学会''=米国分子病理学会(AMP)、米国臨床腫瘍学会(ASCO)、米国病理医協会(CAP)

**3A以上の治療選択肢が推奨される

上記の国内3学会合同ガイダンスに基づくエビデンス分類にしたがって検出された変異に対する治療候補として提示できるかを検討します。国内3学会で1A〜1Bとされたものはいわゆる標準治療であるから多くは保険適用がされていますし、がん遺伝子パネル検査を受ける患者はすでにこれらの治療を受けている可能性が高いでしょう。

対象臓器、検出された遺伝子異常およびその異常形態(たとえばframeshiftなのかpoint mutationなのか)、さらにエキスパートパネルの運営形態やスタンス(積極的か保守的か)によっても変わりますが、一般的には上記のエビデンスレベル3A程度までが推奨薬として提示されるのではないかと思われます。

「癌腫を問わず当該変異で症例報告がある」というのは、遺伝子名が同じなだけではなく変異箇所までが同じである必要があります。たとえばKRAS G12Cに対して有効性が報告された治療薬が推奨されるのはKRAS G12C変異が検出された場合だけであり、同じKRAS異常であってもG12DやG12Vなど異なる変異に対しては推奨とはなりません。

**治療へのアクセスの提示

推奨される治療が適用される治験があるか、「その他の手段による治療薬アクセス」があるかを検討するのが次の重要なステップです。

**2B〜3Aは推奨されても治療につながりにくいゾーン

強く推奨はされるが治療薬が保険適用とならず治療薬アクセスが問題となる頻度が高いのは2B相当で、これは「海外に治療薬はあるが国内で承認されていない」というドラッグラグが発生している状況などが考えられますが、このレベルの治療薬は国内承認に向けての国内治験が行なわれていることも少なくないので、アクセス可能な範囲に参加可能な治験の募集などがないかをエキスパートパネルで検討します(治験情報を収集するのは大変なので、CーCATや検査会社の提供するレポートの情報をもとにすることが多い)。

*どのような治療につながるのか

**治験に参加する

近郊でその治療を受けられる承認前治験があればそれを紹介します。治験に参加できるかどうかは患者本人の全身状態(ECOG PSや肝機能・腎機能など)や前治療にも左右されますし、その治験実施施設への通院が可能かどうかという問題もあります。なお、今後はどこでどのような対象にどのような治験が実施されているかの情報はCーCATあるいはその他の経路で効率よく情報提供されるような仕組みが整備されてゆくと見込まれているようです。

**患者申出療養制度を利用する

「その他の手段による治療アクセス」の1つは、患者申出療養制度です。患者申出療養制度は今までにもありましたが、普及はいまひとつ進んでいませんでした。先進的な治療を自費診療で受けつつ、入院基本料や検査料など保険適用可能な部分については保険診療で受けるという、いわば混合診療の縛りを受けずに保険適用外の治療を受ける方法になります。

これまではn=1の臨床試験を計画するというような体裁であったため計画立案から治療実施までに処理しなければならない書類作業も尋常でない量で、全国でも患者申出療養制度はあまり普及していませんでした。しかし今後はがんゲノム医療については患者申出療養制度を活用してより簡便に保険適用外の治療薬を保険診療と併用しながら受けられるようになります。ただし、先進的な医療の部分は自費診療ですので高額な分子標的薬などを使用する場合はやはり月額数十万円の自己負担が発生するかもしれません。

この患者申出療養制度については、国立がん研究センター中央病院で実施した患者申出療養制度下での治療を全国11箇所のがんゲノム医療中核拠点病院でも受けられるようにする制度が準備中であり(2019年11月現在)、今後は最寄の中核拠点病院でこれらの治療を受けていただくことが一般的になるかもしれません。

また患者申出療養制度で使用する薬剤について製薬会社に無償提供をしていただくことの依頼がなされてノバルディスの1社のみがこれに応じたということが明らかにされています。海外でのコンパッショネートユースに近い形ですが、ノバルディス社のmTOR阻害剤やBRAF阻害剤・MEK阻害剤やALK阻害剤は患者申出療養制度のもとでは薬剤費無料で受けられるというようになるかもしれません。

**完全に自費診療で治療を受ける

治験にも参加できず、患者申出療養制度も受けられず、しかし未承認ながら治療薬そのものは日本にも輸入されている場合(たとえばHER2陽性大腸癌に対するトラスツズマブなど)は、自費診療でこの治療を受けるという選択肢もあるかもしれません。混合診療を禁じたルールに抵触しないため保険診療部分まで10割負担で治療を受ける必要があります。高額療養費上限のキャップもなく、副作用救済制度も利用できないかもしれません。金銭的負担が非常に大きくてもそれを通過できるという経済力を持ち合わせた人しか選べない選択肢かもしれませんが、治験や患者申出療養制度よりははるかに最良の大きい選択肢が選べるとおもわれます。

**治療につながらないケース

上記のように治験・患者申出療養制度・自由診療という選択肢はいずれも治療薬の候補が見つかった場合の話です。現場ではがん遺伝子パネル検査を受けた方も90%以上は遺伝子異常が見つからないか、見つかっても治療薬がないか、治療薬が見つかってもアクセスできないなどの理由によって、適した治療にたどりつけません。がん遺伝子パネル検査で有望な治療が見つかるのは、今のところは非常に運が良い一部の人に限られると言わざるを得ません。

*二次的所見(secondary findings)について

検出された変異が治療対象変異であるかどうかという判断と並んでもう一つのエキスパートパネルの重要な仕事は、検出された変異が正常細胞系列に生じた遺伝性疾患に関連するか、またそれをどう扱うかという判断でしょう。

ACMGの59遺伝子のリストのように開示すべき遺伝子リストに掲載されているかどうかが重要な判断基準の一つとなりますが、しかしリストに載っている遺伝子であっても全てが有意な二次的所見とは限りません。
ACMGの59遺伝子のリストのように開示すべき遺伝子リストに掲載されているかどうかが重要な判断基準の一つとなりますが、しかしリストに載っている遺伝子であっても全てが有意な二次的所見とは限りません。たまたまその遺伝子上にあったVUSという可能性もあるし、deleteriousな変異であっても変異アレル頻度が1桁%ということもあり、これらが本当に生殖細胞系列上の病的変異なのか、開示することが患者およびその家族にとって意味があることなのかは、慎重に判断する必要があります。そのためにエキスパートパネルには臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーが参加しているのです。

たまたまその遺伝子上にあったVUSという可能性もあるし、deleteriousな変異であっても変異アレル頻度が1桁%ということもあり、これらが本当に生殖細胞系列上の病的変異なのか、開示することが患者およびその家族にとって意味があることなのかは、慎重に判断する必要があります。そのためにエキスパートパネルには臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーが参加しているのです。パネル検査で発見された変異が二次的所見かどうかについては別記事でもまとめたいと思います。
パネル検査で発見された変異が二次的所見かどうかについては機会を改めて、別記事でもまとめたいと思います。