レ点腫瘍学ノート

がんゲノム/パネル間のTMBの比較 の履歴の現在との差分(No.5)


#author("2021-10-17T21:53:48+09:00;2020-05-29T10:57:34+09:00","default:tgoto","tgoto")
#author("2023-01-24T17:49:44+09:00;2020-05-29T10:57:34+09:00","default:tgoto","tgoto")
腫瘍変異量(腫瘍変異頻度、TMB)は免疫チェックポイント阻害剤(ICI)の有効性を予測する重要なバイオマーカーと見なされていて今後もその注目度は上がってゆくことが予想されます。それにつれて、TMBを測定する方法に関する議論も深まってゆくものと思われます。しかしパネル検査間でのTMB測定方法についてはバラツキがあり、またその扱い方にも様々な問題も残されたままです。ここでは各種の多遺伝子パネル検査とICIバイオマーカーとしてのTMBの測定に関して記載します。

(議論を単純化するために、このページでは「そもそもTMBはICIのバイオマーカーなのか?」という問題には触れないようにします。これはこれで大きなテーマなので)

#contents

*背景 [#x4525c82]

ESMO2019でKEYNOTE-158に関する付随研究としてFoundationOne CDxでのTMBが10mut/Mb以上だった症例は免疫チェックポイント阻害剤の有効性が高いとの結果が報告されたことから、TMB 10以上に対するペムブロリズマブがFDAに承認の申請をなされたと話題を呼びました((https://www.targetedonc.com/view/fda-grants-pembrolizumab-priority-review-for-tmbhigh-tumors))。

このようにTMBがいよいよ治療方針を決定するバイオマーカーとして実臨床で利用されるようになってくると、(TMB 10以上に対するペムブロリズマブが承認されるかどうかにかかわらず)TMBの測定方法やカットオフ値はどのように決めるかという治療判断の前提となる議論が今後さらに深まってゆくものと思われます。

*NCCオンコパネルのTMBにおけるエクソン領域とイントロン領域 [#wfc49369]

2020年5月現在、NCCオンコパネルのレポートではエクソン部分と全領域の変異頻度がそれぞれ別個に掲載されています。NCCオンコパネルを利用する場合、TMBはエクソン領域の値を採用すべきかイントロン領域を含む全領域の値を採用すべきかという問題があります。

これまでICGCやTCGAを含めて世界中のほとんどのTMBに関する検討は基本的にコーディング領域を対象に行われてきました。ネオアンチゲンを産生するのはコーディング領域のアミノ酸変異なので、TMBをコーディング領域の変異のみに限って計算するというのは理にかなっているように思えます。しかし、非コーディング領域の変異が全く無意味であると切って捨てる訳にもゆかず、どの値を採用すべきかということについて決定的な結論は出ていないと思われます。

推測では、がん細胞ではコーディング領域のほうが変異が蓄積(濃縮)しやすい傾向があると考えられ、非コーディング領域を含めて算出したTMBのほうが低い値になると思われます。

**NCCオンコパネルに関する論文中の記載 [#tcfd8ba4]

#ref(figure4.png)
#ref(https://oncologynote.jp/img/1703adf64a_4.png)

国立がん研究センターの角南先生らのグループによるTOPGEAR-2に関する報告((Cancer Sci 2019. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30742731/))では文中に「All base substitutions and indels in the coding region of targeted genes, including synonymous alterations, were counted.」との記載があり、TMBの算出は基本的にコーディング領域でsynonymous変異(同義変異)を含む数を計測したと書いてあります。しかしこれまで講演会などで聞くとイントロン領域の変異量も計測に含んでいるという話もあり、この文献中の記載に関する詳細は「確認中」と考えています。(国立がん研究センターのエキスパートパネルではイントロン領域を含めた変異量を採用しているという話を聞いたことがあるような…)

**NCCオンコパネルのバリデーション [#db4fdac4]

前述の国立がん研究センターの角南先生らのグループによるTOPGEAR-2に関する報告では、20例についてNCCオンコパネルのTMBを全エクソンシークエンス(WES)したデータと比較でNCCオンコパネルを用いて組織DNAから検出されたsomatic mutationから末梢血DNA代表配列のDNA多型を差し引いたものはWESのTMBと非常によく一致したと報告されています。Figureを見ると直線から若干離れているケースもあるので、WESのTMBとパネル算出TMBが乖離したのはどういう症例なのかが知りたいところです。

(※末梢血DNA代表配列を差し引かなかったらどうなるのか?NCCオンコパネルのレポートに表示されているものはこれを差し引いた後の値なのか?という疑問あり)

#ref(figure3.png)

#ogp(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30742731/)

*FoundationOne CDxのTMB score [#y3c87522]

FoundationOne CDxはTMBそのものをレポートに掲載しているのではなくTMB scoreという近似値を出しています。これはFoundationOne CDxのテクニカルシートを見てみると「5%以上の変異アレル頻度があるsynonymous変異とnonsynonymous変異の頻度から算出されている」ということになっています。

FoundationOne CDxの解析対象遺伝子は324遺伝子と多いですが基本的にほとんどの遺伝子はコーディング領域のみを読んでいます。非コーディング領域については34遺伝子のホットスポットイントロンとTERT・TERC・BCL2の非コーディング領域の一部を読んでいるのみですので、FoundationOne CDxのTMB scoreは基本的に(ほぼ)コーディング領域の変異頻度で決定されていると言えそうです。いちおうFoundationOne CDxのTMB scoreはFMIの中でWESとの比較でバリデーションを取ったとtechnical informationに記載されています。

またFoundationOne CDxのTMB scoreはSNPをフィルタリングする際にdbSNPなどで健常人口1%以上(確認中)が有するSNPは予め除外しているとのことですが、日本人と欧米人の背景SNPの違いも考慮すべきかもしれません。

SNP以外にも次世代シークエンサーのパイプラインでは読み取りエラーを除去するための計算機科学的なフィルタリングが何十にもなされています。したがって、やはり違う計算方法から算出されたTMBは全く別の生成過程を経てはじき出された近似値にすぎないことは忘れないようにしなければなりません。

なお、カットオフ値については、もともとFoundationOne CDxはTMBが5mut/Mb以下を''TMB-low''、6-19mut/Mbを''TMB-intermediate''、20mut/Mb以上を''TMB-high''と表記していましたが、2019年秋頃からはレポート上も10mut/MbでTMB-highのカットオフとされているようです。

*ターゲットシークエンスとWESのTMBの一般論 [#k1430ec8]

NCCオンコパネルやFoundationOne CDxといった具体的なパネルを離れて、もう少し一般的にターゲットシークエンスとWESでは変異頻度に違いがあるのかについては、10万人ゲノム研究の論文((https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28420421/))からデータがあります。

一見するとターゲットシークエンスはがん関連遺伝子に絞ってシークエンスをしている(=がん細胞では変異が起こりやすい部分に注目している)のでターゲットシークエンスのほうが変異頻度は増えそうですが、この論文を見る限りではその差はあまりないようです。もしかすると、がん関連遺伝子ではドライバー変異が起こる頻度は高いものの、ドライバーとなった遺伝子以外には変異が入っていることはまれ(mutually exclusive的な意味で)なので、がん関連遺伝子に絞っていることの誤差を考慮する必要はあまりないのかもしれません。

#ref(figure5.png)
#ref(https://oncologynote.jp/img/1703adf64a_5.png)

*WESとWGSのTMBの乖離 [#zb101e41]

もしWESではなく全ゲノム解析(WGS)のTMBがICIの有効性にも関与するのであれば、イントロンは蛋白質を直接コードしないことからTMB-highでICIの有効性が高い理由としてネオアンチゲンの多寡を根拠とする仮説以外の機序が求められてくるのでしょうか。

WGSのシークエンスはWESに比べてカバレッジも変異フィルタリングの仕方も大きく違っていますので、変異を同じように扱うことはできません。たとえばカバレッジが低いシークエンスでは検体中にまざった腫瘍細胞由来DNAと間質や血液細胞などからくる非癌細胞由来DNAを区別することも難しくなってきます。

WGSのTMBに関する研究がまだこれから始まる段階であることもあってほとんどまだ研究成果はない領域のように思われます。今後に期待です。

*検体の質 [#k7dc251a]

注意すべき視点として、パネル検査の手法以外にも変異頻度を左右するものがあり、その一つが検体品質であるということです。とくにホルマリン固定標本は固定時間が長いとC>T変異が増えるなどDNA損傷を加えることが知られており、固定時間や検体の保存状態は厳密な意味では変異頻度を左右するリスクを有しています。

*パネル間の差異と標準化の動き [#q03a8fa0]

他のパネル同士のTMBの違いという点ではいくつかの検討が報告されています。

30人の非小細胞肺癌の臨床検体を用いて、FoundationOne、オンコマインTML、QiaSeq TMBの3つのターゲットシークエンスパネルを用いたTMBの比較を行った研究があります((https://www.jto.org/article/S1556-0864(20)30417-2/abstract))。本文が読める環境にいないためAbstractからわかる範囲でしか内容を把握できないのですが、3つのパネルのTMBの相関は強く(R^2>0.79)見られましたが、FoundationOneでTMBが5〜25mut/Mbだった症例に限った検討ではその相関度は下がったようです。いずれのパネルでもTMBが高い症例は免疫チェックポイント阻害剤の奏効期間が長かったことから臨床的に一定の信頼性はあるものの、パネル間の検査結果の関係性については慎重な検討が必要と結論されています。

J Thoracic Oncol
https://www.jto.org/article/S1556-0864(20)30417-2/abstract

#ref(figure6.png)
#ref(https://oncologynote.jp/img/1703adf64a_6.png)

パネル検査間の差異について、より大規模に検討した研究もあります((JCO Precis Oncol https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6907021/))。こちらでは先程のターゲットシークエンスとWESの一般論で述べた結論とは違って、ターゲットシークエンスのほうがTMBは高い傾向が示されています。そしてTMBのパネル間格差を吸収するためにTMBを平準化する''Zスコア''という指数を用いています。このような計算処理を加えることで、パネル間の格差を考慮しなくても良い方法が標準化されてゆくかもしれません。

#ogp(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6907021/)

#ref(figure7.png)
#ref(https://oncologynote.jp/img/1703adf64a_7.png)

さらに大きな規模では、ゲノムパネル検査自体の品質管理を世界規模で標準化しようという動きもあります((Genes, Chromosomes & Cancer https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/gcc.22733))。QuIP(Quality in Pathology)という組織でTMBを含めたパネル検査の測定と解釈の標準化を進めようという動きがあり、今のところ「言ったもの勝ち」でほとんど管理されていないTMBなどの扱いも今後は洗練されてゆくかもしれません。

#ogp(https://www.esmo.org/meetings/past-meetings/esmo-immuno-oncology-congress-2019/congress-coverage/news-press-releases/the-quip-study-attempts-to-harmonise-the-use-of-tmb-panels)

*今後の治療開発の方向性 [#kc435088]

ICIの奏効予測バイオマーカーとしてはどのパネルの算出方法が良いのか、TMBのカットオフ値方法がよいのか、非コーディング領域の変異の扱いは、という沢山の問題が積み残されたままになっていますが、しかし治療開発はこれらの科学的な議論が熟すのを待たずに実地的(商業的)な見地からずんずん進んでゆくのではないかと思っています。

具体的には、本当にTMBのカットオフ値は10mut/Mbでよいのかどうかが十分に吟味される前にKEYNOTE-158の結果をもとにしてペムブロリズマブが承認されてしまえば実臨床はこれをもとにして進んでゆくでしょうし、また今後の治験もFoundationOne CDxで10mut/Mb以上かどうかでリクルート対象が変わってくることでしょう。真の意味では''Science-based medicine''ではなく「''FoundationOne CDx-based medicine''」というような状態になってしまうかもしれませんが、中外ロシュグループやMSDといった高い治療開発力を持つ企業がこの方針を支持している以上、我々はそれについてゆくしかないのかもしれません。

#navi(がんゲノム)
#pcomment