レ点腫瘍学ノート

がんゲノム/膵癌と前立腺癌の新規承認されたPARP阻害剤のBRCAコンパニオン診断 の履歴の現在との差分(No.12)


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12月にBRCA変異陽性の膵癌(切除不能・再発膵癌の白金系抗腫瘍薬後の維持療法)と前立腺癌(転移性かつ去勢抵抗性)に対してPARP阻害剤オラパリブが承認されたという話が飛び込んできました。以前から臨床試験はすでに結果が発表されており承認されることは間違いない状況ではありましたが、問題はその前提となるBRCAコンパニオン診断薬が本邦では膵癌と前立腺癌に対して未承認であることでした。

12月の時点ではBRCAのコンパニオン診断薬であるBRACAnalysisは承認されておらず、BRCA変異陽性例に対してオラパリブだけが使えるようになってもBRCA検査ができないという状況でしたので、関係者はみんなBRCA検査のほうで承認がどこまで通るのかということにやきもきしていました。

今回、BRCA検査およびオラパリブの適用が広がったことで一気にBRCAomaの診療環境が変わったのですが、周りの泌尿器科・遺伝診療部などの先生を含めて検査体制について相談していてもまだ情報が足りない点や混乱を招きそうな部分があったので、今わかっていることについてひとまず整理してみます。

>(厳密に保険がどこから通ってどこから査定されうると言うのは今後の情報によって変わる可能性がありますし地域によっても差がありますので必ず各施設での状況も確認してから実際の運用に移すようにお願いします。)

*前立腺癌のBRCA検査 [#bae7d18d]

前立腺癌はBRACAnalysisとFoundationOneCDxがオラパリブ使用のためのコンパニオン診断として承認されました。

前立腺癌のBRCA検査については日本泌尿器科学会から「[[前立腺癌におけるPARP阻害剤のコンパニオン診断を実施する際の考え方:http://www.urol.or.jp/cms/files/info/140/%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E6%9B%B8%E6%8F%90%E5%87%BA20210104.pdf]]」という見解書が公表されています。

http://www.urol.or.jp/cms/files/info/140/%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E6%9B%B8%E6%8F%90%E5%87%BA20210104.pdf

ミリアドのウェブサイトにも「前立腺癌におけるBRCA1/2遺伝子検査の意義について」という解説文がありますが、こちらは情報量としてはそこまで多くはないようです。
#ogp(https://myriadgenetics.jp/all-products/bracanalysis/prostate-cancer/)

オラパリブを前立腺癌に対して使用するラインとしては「転移性かつ去勢抵抗性(mCRPC)」が前提となりますが、この見解書でも「BRCA遺伝子変異陽性症例へのオラパリブの適応の可否を早い段階で判断するため、CRPCの段階からコンパニオン診断を検討し、少なくともmCRPCとなった時点では、積極的にBRCA遺伝子検査を実施すべきである」と記載されています。mCRPCとなればBRACAnalysisを行うというタイミングが普及してくるでしょう。

一方で前立腺癌ではオラパリブのコンパニオン診断薬としてBRACAnalysisのほかにFoundationOne CDxが認められています。FoundationOne CDxをがんゲノム医療の保険診療下で行うには「転移性かつ去勢抵抗性(mCRPC)」だけではダメで「標準治療終了見込み」であることが必要です(コンパニオン診断として早期に行うことはできなくはありませんが保険償還の制度上は現実的でありません)。つまりmCRPCになってからさらにmCRPCに対する標準治療を開始し、それが終了見込みとなってからFoundationOne CDxを行うことになるでしょう。

この標準治療終了見込みについても上記の見解書で言及があり、「少なくとも1剤の新規ホルモン剤を使用することをmCRPCの標準治療とする」と明記されています。これは「mCRPCになっておりかつアビラテロンかエンザルタミドの少なくとも片方が既使用」であればFoundationOne CDxの対象になると読み替えることもできます(さらに強引に読み替えれば「ドセタキセルは使用していなくても標準治療終了と判断して良い」)。

#ref(https://oncologynote.com/img/2873cb02fc-b.png,nolink)
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実際に日本泌尿器科学会の見解書に上記の図表が掲載されていますので、FoundationOne CDxは思ったよりも早い段階で使うことが普及しそうです。これまでにも大腸癌および乳癌では標準治療終了見込みはどの段階を指すのかについてガイドライン委員会から見解が出され、大腸癌では(ガイドラインは4次治療まで提示しているが)OXとIRIを含む2ラインまでが終わった時点で、乳癌では強く推奨する治療が終わった時点で(弱く推奨する治療まで移行する前に)、がん遺伝子パネル検査を行うことが可能というように言及されています。同じように前立腺癌についてもアビラテロンとエンザルタミドの療法を使っている必要はなくドセタキセルも使わなくてもよいという考えが明示されたと言えます。

**結局、BRACAnalysisとFoundationOne CDxはどちらなのか [#d3b0b120]

さて、mCRPCになった時点で使えるBRCAnalysisとmCRPCになってから新規ホルモン薬を1剤使ってから行えるFoundationOne CDx、どちらがより良いのでしょうか。ここでも考えておくべき事がたくさんありそうです。

***BRACAnalysisの優位性 [#he4bfa02]

BRACAnalysisの優位性はいくつかありそうです。

まずは末梢血液で検査できるという点です。前立腺癌は手術を経ず内分泌・化学療法や放射線療法だけを受けているケースが少なくありません。診断時に生検をしていても検体が小さいし、転移は大部分が骨転移ですので再生検も容易でありません。となると組織検体が必要なFoundationOne CDxは検体不足の問題が出てきそうです(これについては2021年4月にリキッドバイオプシーのがん遺伝子パネル検査が承認されれば条件が変わりますが、リキッドバイオプシーは腫瘍量が少ないと検出感度が落ちるのでやはり原発巣と骨転移しかない前立腺癌では問題となります)。末梢血で確実にgermline BRCA変異を検出できるのは大きなメリットです。

もうひとつは新規ホルモン薬使用してからでなくても使える可能性があるということです。前立腺癌に対するオラパリブのPROfound試験はオラパリブ群とアビラテロン・エンザルタミド群を比較していますが、アビラテロン・エンザルタミド群は病勢増悪後にオラパリブへのクロスオーバーが許容されているにもかかわらずOSもPFS2(つまり新規ホルモン薬増悪後のオラパリブまで含めた無増悪生存期間)も負けています。つまりオラパリブが使える人は新規ホルモン薬より前で使うことにメリットがあります(新規ホルモン薬のあとまでオラパリブを残しておくことはオラパリブの強みを生かし切れません)。

そもそもFoundationOne CDxは意外に時間がかかります。BRACAnalysisとFoundationOne CDxの検査そのもののTAT(結果返却までの時間)は大きく変わらないはずなのですが、FoundationOne CDxにはエキパネを開催しなければならないという点やそのエキパネ待ちの時間が検査そのもののTATよりも長いという(医学的なではなく)制度的な問題があります。もっともFoundationOne CDxは標準治療前にコンパニオン診断として先にコンパニオン検査の部分の保険請求をしておいて、あとから標準治療終了見込みとなった段階でエキパネを開催して残りの48,000点部分を保険請求するというふうにわけて算定することは認められていますから、FoundationOne CDxの初回レポートが返ってきた時点でBRCAの結果だけ見て(エキパネを待たずに)オラパリブを導入することは可能そうです。その場合は(BRCAなら)20,200点請求の時点でオラパリブを導入してからゆっくりエキパネにかけて、48,000点はあとから算定することになります。これについては下記の記事も見てみてください。

#ogpi(https://oncologynote.com/?3377062a74)
#ogpi(https://oncologynote.jp/?3377062a74)

BRACAnalysisの優位性の残る一つは、この検査だけでHBOCの診断が同時に付くためそのまま血縁者への説明や遺伝カウンセリングにつながりやすいという点でしょうか。

***FoundationOne CDxの優位性 [#x04210f8]

しかし上記のBRACAnalysisの優位性をすべて覆しそうなFoundationOne CDxの大きな利点があります。

FoundationOne CDxがコンパニオン診断薬として承認されていることからもおわかりのように、実は前立腺癌に対するオラパリブはgermline BRCAには限定されておらずsomatic BRCAでも認められます。これは膵癌のPOLO試験と違って前立腺癌のPROfound試験はsBRCA変異を含めていたことが大きいでしょう。

前立腺癌のBRCA変異はBRCA1よりもBRCA2の変異が主ですが、そのうちおよそ半分がgermline BRCA変異で残りがsomatic BRCA変異です。たとえばJCOPOの前立腺癌の治療選択に関する文献((https://ascopubs.org/doi/pdf/10.1200/PO.17.00029))ではBRCA2の変異は8.6%がgermlineで7.7%がsomaticです(本研究は去勢抵抗性には限局されていませんが、去勢抵抗性と非去勢抵抗性の遺伝子変異プロファイルはARの違いがほとんどでPTEN・RB1などが続くもののBRCA変異の頻度は大差ないようです)。

#ref(https://oncologynote.com/img/2873cb02fc-c.png,nolink)
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また別の研究((https://www.spandidos-publications.com/ijo/55/3/597))でもBRCA2変異はgermlineとsomaticはほぼ同等の頻度とされています。こちらの研究ではBRCA1についてはgermlineの影響はほとんど無いのに対してsomatic BRCA1変異はsomatic BRCA2と同じくらいありますね…。

これらを合わせて考えると、少なくとも前立腺癌においてはgermlineであれsomaticであれBRCA変異を拾うことが重要と言えます。BRACAnalysisはgermline BRCAしか検出できないのに対してFoundationOne CDxは(germlineとsomaticのどちらなのかはわからないが)どちらも拾えるという点は極めて大きなアドバンテージです。

**結局どっち? [#ya804052]

オラパリブを新規ホルモン薬より前のラインで使えるなら使いたいというものと、somatic BRCAを見落としてオラパリブを使うチャンスをなくしてしまっては元も子もないということで、難しい問題です。

検体があるなら標準治療終了と関係なくFoundationOne CDxを8,000点の「コンパニオン診断薬」として提出してエキパネは保留し、後日エキパネをして48,000点は後からゆっくり考えるか…。

BRACAnalysisとFoundationOne CDxのどちらかしかしてはいけない縛りがあるという話は聞かないので、結局は両方出すという風になってゆくのかも知れませんが、これってFoundationOne CDxを標準治療前ではなく標準治療見込みになるまで実施させないという縛りのせいでかえって医療費の総和が高く付いてしまって非効率な気もしますねえ。

*膵癌 [#s4320482]

一方で膵癌はBRCAnalysisのみでFoundationOneCDxはコンパニオン診断薬としては使えません。さらにsomatic BRCAではオラパリブの使用も認められていません。したがって前立腺癌にあったような難しい問題はあまり生じなさそうです。

もともとPOLO試験はgermline BRCA 1/2変異のみを対象にしていますのでsomatic BRCA変異膵癌に対するエビデンスが少ないためと思われます。RUCAPANC試験など他のBRCA膵癌に対する臨床試験ではsomatic BRCA変異を含んでいるものもあり、この条件付けは将来的には変わる可能性があります。

膵癌は切除不能膵癌の時点でBRCA検査の対象となりますので検査提出のタイミングはあまり迷いませんが、オラパリブの使用は白金系抗腫瘍薬の開始後でなければなりません。膵癌に保険適用のある白金系抗腫瘍薬はオキサリプラチンしかありませんし、オキサリプラチンを含みガイドラインに乗っている治療はFOLFIRINOXしかありませんので、事実上はFOLFIRINOX後の維持療法としての用途しかなさそうです(FOLFOX療法やSOX療法を膵癌に対して実施している医療機関があるという話は聞きますが、標準治療とは言えませんね)。

BRCA変異を早い段階で見ておくメリットとしては次のようなものがありそうです。膵癌でFOLFIRINOXを行えるのはPS良好・臓器機能良好であり、しかも胆管閉塞の心配が無い症例にほぼ限られます。BRCA変異があれば白金系抗腫瘍薬の効果が期待しやすい上にその後の維持療法の選択肢が出てくるため、たとえばGEM+nabPTXを一次治療に選んでいた方で二次治療にFOLFIRINOXを行うかNAPOLIレジメン(リポソーマルイリノテカン)を選ぶか迷うときにBRCA変異がわかっていれば多少無理してもFOLFIRINOXを試してみる、BRCA変異がなければ無理せずNAPOLIレジメンに行くということは増えてくるかも知れません。

*まとめ [#haae839b]

BRCA検査やPARP阻害剤の使いどころは卵巣癌でもかなり複雑になっていますが、前立腺癌も相当考えなければならないことがたくさんあります。保険償還の条件なども良く確認して、泌尿器科医・腫瘍内科医・遺伝診療部門・臨床検査室などが連携して体制を整えていくことがますます重要になりそうです。

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