レ点腫瘍学ノート

がんゲノム/MSI/リンチ症候群患者に生じたがんのMSI の履歴ソース(No.2)

#author("2020-06-02T18:48:54+09:00;2020-06-02T17:22:00+09:00","default:tgoto","tgoto")
リンチ症候群とすでに判明している患者に生じた固形がんで改めてMSI検査を行う必要があるのでしょうか。

*1994年の報告

これについては関連する報告がCancer Res 1994にありました。当時はMSI-HやdMMRではなくRER(replication error) phenotypeとされており、またリンチ症候群も現在のように遺伝学的確定診断を行うのではなく家系図や既往などに基づく臨床診断を主たる診断根拠としてHNPCCと称されていましたので(1991年のInternational Collaborative Groupの診断基準((https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2022152/)))、現代とは疾患概念が若干異なることに留意が必要です。

#ogp(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8137274/)

この論文の中では大腸癌一般ではRERは12%の患者で陽性であったのに対して、HNPCC患者に生じた大腸癌ではRERが86%で陽性であったということが示されています。また2番染色体の異常を評価することでMSH2の機能異常を見ているようですが、MSH2以外のミスマッチ修復遺伝子についてはMSH2ほどの検討がされておらず、いまのリンチ症候群に関する遺伝学的検討とはかなり様相が違っている模様です。使用されているマイクロサテライトマーカーも代表的なものとして7個が示されており、これも現在の5個と違っています。

なお、遠位大腸に生じたRER陽性大腸癌はHNPCCとの関連が強いが近位大腸にはHNPCCと関係ないRER陽性大腸癌も生じることがあるなど、比較的現在のMSI-H大腸癌に共通する特性ももちろん見て取れます。

*臓器横断的ゲノム診療のガイドライン第2版の記載

上記の論文を根拠として、臓器横断的ゲノム診療のガイドライン第2版(2019年10月)では「既にリンチ症候群と診断されている患者に発生した腫瘍の際、抗PD-1/PD-L1抗体薬の適応を判断するためにdMMR判定検査は勧められるか?」というCQ1-5(26ページ)で「推奨する」となっています。リンチ症候群の患者で発生する腫瘍が必ずしもdMMRとは限らないことや、もしその患者に生じた固形がんがMSI/pMMRであったときに患者への不利益が大きいためです。

リンチ症候群患者でもEGFR変異陽性肺癌やBCR-ABL融合遺伝子を持つ白血病などのMSI以外のドライバー遺伝子異常に起因する悪性腫瘍が生じうることを考えると、リンチ症候群を素因に持つからと言ってミスマッチ修復機能欠損以外の発癌機序による発癌が無いわけではないことは容易に想像できます。

ただ、この理由自体はもっともであり同意できるところですが、しかし1994年のCancer Resの論文当時とはリンチ症候群の疾患概念もMSI-H/dMMRの診断方法もかなり変わってきているのでリンチ症候群患者に生じた固形がんのMSI-H/dMMRの割合がどの程度なのかを現代の基準で照らし合わせた値が知りたいという気持ちも少しあります。