レ点腫瘍学ノート

免疫チェックポイント/腸内細菌叢 の履歴差分(No.3)


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#author("2020-05-05T14:31:24+09:00;2020-05-04T11:52:28+09:00","default:tgoto","tgoto")
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*抗PD-1抗体と腸内細菌叢の関連について

我々のからだは約37兆個の細胞でできているのに対して我々の消化管の中には100兆個もの細菌がいると言われます。腸内細菌叢は暗黒大陸に例えられることもあるほど未知のことが多く、まだその多くは研究途上にあります。しかし腸内細菌が代謝や免疫をはじめとして多くの面で我々の健康に関与していることは間違いない。そして、免疫チェックポイント阻害療法と腸内細菌叢の関係に関連する興味深い研究が近年相次いで発表されています。

https://science.sciencemag.org/content/359/6382/1366.abstract
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*抗PD-1抗体の奏効率と抗菌薬使用歴

2017年の婦人科・泌尿器領域のASCO-GUで興味深い発表がなされました。過去1ヶ月以内に抗菌薬投与を受けた患者においては転移性腎癌に対するニボルマブ療法の奏効率が明らかに劣っており、抗菌薬の使用歴があると免疫チェックポイント阻害薬の奏効率が低下するのではないかという報告です。抗菌薬の投与が腸内細菌に影響し、これが体内の微妙な免疫系のバランスにも影響して免疫チェックポイント阻害剤の有効性を低下させるのではないかということが考えられます。

https://www.ascopost.com/News/48357
#ogp(https://www.ascopost.com/News/48357)

**抗菌薬使用歴があると抗PD-1抗体療法での予後が悪い

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これを裏付けるような結果は翌年1月のScience誌に報告されています。抗菌薬の投与歴があると腸内細菌の構成比が変化し、腸球菌や大腸菌や連鎖球菌などに比べて相対的に特定のグループの嫌気性菌などの存在比が高まり、免疫チェックポイント阻害薬の有効性に影響する可能性が示唆されます。また抗菌薬治療の有無で生存曲線をひくと、PFSやOSでも有意な差が見られました。がん薬物療法の直前に抗菌薬治療を要する全身状態であったということを差し引いて考えても何らかの影響を与えていそうです。

https://science.sciencemag.org/content/359/6371/91
#ogp(https://science.sciencemag.org/content/359/6371/91)

*抗PD-1抗体と腸内細菌叢の多様性

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**腸内細菌叢の多様性は抗PD-1抗体の有効性と相関する

一方で、腸内細菌叢の多様性の観点から検討された報告もあります。上述のASCO-GUの報告と同じ年である2017年のASCO-SITC 2017で、抗PDー1療法のresponderは腸内細菌の多様性(diversity)に富むことやFeacalibacteriumが欠如しているということが報告されたのです。そしてこれに関連する内容の論文は、さきほどの抗菌薬投与と免疫療法の有効性に関する論文と同じ号のScience誌でまさに隣のページに掲載されました。

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それによると、口腔内細菌叢や腸内細菌叢の多様性を示す指数(Inverse Simpson index:腸内細菌叢の各菌株の構成割合の自乗の和の逆数、したがって単一菌で構成されるとき1で多様性が増えるほど逆数は増える)に差が見られたのでした。抗菌薬投与は一般に腸内細菌叢の多様性を低下させます(H.pyloriに対する除菌療法などはそれを利用した治療とも言えそうである)。腸内細菌叢の多様性が免疫チェックポイント阻害薬の有効性に影響する機序を示唆する報告です。この文献では、便中細菌叢の解析により3ヶ月後の免疫療法の治療効果が予測できるのではないかということにも触れています。抗PD-1療法は腸内細菌叢が多様性に富むほうが効果が高いということを示唆します。

https://science.sciencemag.org/content/359/6371/97
#ogp(https://science.sciencemag.org/content/359/6371/97)

*抗PD-1抗体と糞便移植療法

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**responderの糞便を移植すると抗PD-1抗体の効果が高まる

さらにこの文献では、抗PDー1療法のresponderとnon-responderの便をそれぞれ腫瘍マウスに糞便移植(FMT: fecal microbiota transplantation)してから抗PD-1療法を実施したところ、responderからFMTしたほうが有意に腫瘍が縮小したということにも触れています。抗PD-1療法のresponderから糞便移植をした動物実験モデルでは抗PD-1療法の効果が高いことを示唆します。まだまだ動物実験モデルでの結果ではあるものの、将来は治療効果予測・予後予測などの「検査」としての利用だけでなく抗腫瘍効果の増強という「治療」の側面にも有用であることを示唆する所見です。