レ点腫瘍学ノート

日記/2020年/06月26日/平成のオンコロジストと令和の臨床腫瘍学の進歩 の履歴差分(No.1)


#author("2020-06-26T18:40:36+09:00","default:tgoto","tgoto")
*TMBが10/Mbを超える固形がんにFDAがペムブロリズマブを承認

2020年4月にFoundationOne CDxのTMBスコア10以上に対するペムブロリズマブがFDAに承認申請されました。そして2020年6月17日にFDAがこのTMB 10mut/Mb以上の固形がんについてペムブロリズマブを承認したと報じられました。
https://seekingalpha.com/news/3583617-fda-oks-mercks-keytruda-for-second-application-based-on-biomarker

これはESMO2019で発表されたKEYNOTE-158の追加解析によるもので、MSI-H固形がんを除外するとTMB-High群では奏効率が27.1%に対して非TMB-High群で奏効率が6.7%にとどまったことから(従来MSI-HがICIの奏効予測バイオマーカーとされていたのに加えて)TMB-Highが新たにICIの奏効予測バイオマーカーとなるというものです。TMBが高いことはICIの有効性に関連するということは以前から言われており、TMB-Highの固形がん患者にとって期待できる選択肢が増えたのは歓迎すべきと言えます。

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10mut/Mb以上のTMB-Highのがんが多く含まれるがICIがまだ標準治療となっていないのは、上記のツイートにあるように非扁平上皮の皮膚悪性腫瘍(40.6%)や副腎癌(11.8%)・小腸癌(12.2%)などの希少がんも含まれています。ほとんど治療選択肢がなかった希少がんの患者にとっては大きな福音となることは間違いありません。

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希少がんでなくても、たとえばASCO2020で発表されたトリプルネガティブ乳癌(TNBC)のKEYNOTE-119のように非常に予後が悪い悪性腫瘍でもTMBが10mut/Mbを超えていればペムブロリズマブによる治療が化学療法をOSで上回るという報告もあります((https://www.practiceupdate.com/content/esmo-2019-keynote-119-suggests-activity-for-pembrolizumab-in-some-triple-negative-breast-cancer/90334))。TAPUR試験でも転移性TNBCでTMBが9mut/Mb以上であればペムブロリズマブの奏効率が21%と良好な成績を示していました((https://www.onclive.com/view/high-tmb-metastatic-breast-cancer-responds-to-pembrolizumab-monotherapy))。

ただ、この承認については背景のエビデンスもよく吟味して正しく判断する方がよさそうな印象を受けます。

**対象臓器の偏りの問題

まず、この研究は「免疫チェックポイント阻害薬が比較的よく効きそうな臓器の腫瘍」が多く含まれていることやTMBがギリギリ10というよりは十分に高い症例が多いことから、解釈には注意が必要です。

この解析では10種類の癌腫が対象とされており、小細胞肺癌(34.3%)、子宮頚癌(16.2%)、子宮体癌(15.2%)、肛門管癌(14.1%)などがTMB-High群に多く見られた一方で、非TMB-High群では悪性中皮腫・神経内分泌腫瘍・唾液腺癌などが多く含まれていました((https://www.cancernetwork.com/view/fda-grants-priority-review-pembrolizumab-monotherapy-tmb-high-tumors))。TMB-High群には免疫チェックポイント阻害剤の有効性が期待できそうな癌腫が多く含まれていることについては若干疑問を抱きます。

なぜなら、本来TMB-HighがICIの奏効予測バイオマーカーであることを示すには「TMB-Highの非小細胞肺癌とTMB-Lowの非小細胞肺癌」「TMB-Highの子宮体癌とTMB-Lowの子宮体癌」など対象臓器をある程度そろえる必要がありそうなはずなのに、今回のKEYNOTE-158の追加解析は「TMB-Highの肺癌・子宮癌とTMB-Lowの悪性中皮腫・神経内分泌腫瘍」のようにTMB以外の要素がかなり異なる患者集団を比較しているからです。せめてICIがすでに標準治療として確立されている臓器とそうでない臓器でN数を層別化して比較するくらいの遠慮はあってよかったのではないかという気がします。

もしこの内容でレジデントが学会予演会をしたら「そりゃ肺癌が多く含まれる群と神経内分泌腫瘍が多く含まれる群を比べたら前者の方がICIの奏効率が高いのは当然で、TMB-HighとTMB-Lowの比較にはなってないよ」という総ツッコミを受けそうな気もするのですが、そういう批判はスルーで良いのでしょうか。。。

**KEYNOTE-158に含まれていない臓器の解釈

今回はKEYNOTE-158の追加解析のデータでこの結果が導き出されていますが、上で述べたように対象となったのは10種類の臓器に限られています。したがって、この研究でTMB-High群に含まれていなかった臓器にも拡大してエビデンスを適用して良いのかという問題もあります。

**FoundationOne CDxのTMBカットオフ値

2019年夏頃まではFoundationOne CDxのTMB-Highはカットオフ値を20/Mbとしていましたが、2019年秋のある時点からカットオフ値が10/Mbに変更されています。このカットオフ値の変更については「いつのまにか変わっていた」という唐突な印象がありました。TMB-Highに対するICIの有効性が期待できることにはコンセンサスがあるとは言え、そのカットオフ値が10/Mbで良いのかについてはもっと議論が盛り上がって欲しいところです。

ただし、「みなし標準」としてこのKEYNOTE-158の追加解析を始めとしていくつかの研究はカットオフ値を10と定義して解析を行っているため、今後はFoundationOne CDxのTMBスコアカットオフ値は10になってゆくものと推測されます。良くも悪くも、この業界の「標準化」に関する絶大な開発力を持っているFoundationOneとMSDがその気になっているので、いくら末端が疑問を呈したところでこの流れは変わりそうにはありません。

**評価項目の問題

TMB-High群は奏効率が有意に高かったというのはもちろん歓迎すべき点です。しかしKEYNOTE-158はもともと(TMB-Highではなく)MSI-Hを対象にリクルートした試験であるところを付随研究としてTMBの高低で層別化しているわけですから、どこまで事前に検討されていた研究なのか知りませんが、この結果をそのまま「KEYNOTE-158のデータから示された」と受け入れて良いのかという違和感はあります。

*平成のオンコロジストと令和の臨床腫瘍学の進歩

これはKEYNOTE-158とTMBの関係にとどまらず近年のがんゲノム医療全体に共通して言えることですが、我々''平成時代のオンコロジスト''は「臨床試験のエビデンスは前向きRCTが必須、メタ解析で再現されれば尚良し」「PFSが良くてもOSが伸びなければボツ。ハードエンドポイントが至高。ましてや奏効率だけで承認を取ろうなんて厚かましい!」という、ある意味科学的観点にどっしりと腰を据えた頑健な思考回路を養うようにしつけられてきました。平成時代には''エビデンスベースドながん薬物療法''とは、すなわち目の前の患者の最大瞬間風速的な奏効率に惑わされずにその治療が真に予後を改善するのかという慎重で冷徹な視点を持つことと同義だったのです。

しかし、最近は明らかに流れが変わってきています。「しょせん単群試験のサブ解析だから…」と慎重な姿勢を示す平成のオンコロジストを尻目に、令和時代の臨床腫瘍学はNGSを中心とした疾患の細分化をゴリゴリに推し進めて、単群試験だろうがサブ解析だろうが主要評価項目が奏効率だろうが、良い成績を示したものは次々と承認される流れになってきています。もう「RCTをしないと…」と言っている平成のオンコロジストの考え方にこだわっていては治療開発のスピードについていけないということでしょう。

実はこの平成のオンコロジストと令和のオンコロジストという言葉はぼくが自分で考え出したものではなく、名古屋大学の安藤雄一先生が2019年11月の講演会でお話されていたことの受け売りでもあります。好むと好まざるにかかわらず、世の中はそういう時代になってきているようです。

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平成のEBMの堅実さと令和のがんゲノム医療のスピード感を両立させるのは容易でなく、しかも治療開発する側は令和のスピード感でどんどん前に進んでゆきますから、あまりこのことにこだわるのは現実的でないのかもしれません。