レ点腫瘍学ノート

日記/2020年/10月7日/withコロナ時代にWeb開催される学会学術集会の感想あれこれ の履歴差分(No.6)


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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行して新しい生活様式を送ることを余儀なくされ、2020年はこれまで開催されていた学会の学術集会もオンライン化など開催方式を大きく変更することを余儀なくされる異様な一年になりました。

#ref(https://oncologynote.com/img/8a73c0378c.jpg,nolink,withコロナ時代)

*短き夏の夜の夢 [#i15b1d16]

メジャーな学会ともなればパシフィコ横浜などの大きなコンベンションセンターに1万人以上の医療従事者が集まって最先端の医学研究や高度な新治療に関して活発な議論を交わしていた華やかな時代は終わりました。今やステイホームで遠方への出張を避けることが当然のように求められており、大人数が一つのホールに集まるような学術集会の運営は難しい。

学会で集まるたびに古い同僚や同門の旧友との再会を喜び、ときには深夜まで積もる話で酒を飲み交わして交流を深めたようなあの頃からまだ1年も経っていないはずなのに、そんな交歓と祝祭の夜はもうずっと昔の''懐かしき青春の日々''のことのように感じられます。

*コロナ禍が襲った学会延期と開催形態変更の嵐 [#k4b3a05d]

2020年の春は様々な学会の中止・延期ラッシュでした。毎年4月上旬から半ばにかけてはメジャー学会の代表格である日本内科学会と日本外科学会の総会が開催されていましたが、今年はいずれも8月に延期されることが早々に発表されました。毎年内科学会のあとに引き続いて5月にかけて日本循環器学会、日本消化器病学会などの臓器別領域の学会も総会を開催していましたが、軒並み8月に延期です。

延期先が8月になるのが多かったのは、例年はお盆などがある8月の開催を避ける学会が多かったため大規模コンベンションセンターの予約に余裕があったためでしょう。3月の時点では、さすがに8月までにはCOVID-19も小康状態になって社会が正常化していることだろうと予想する向きが多かったのでした。

しかし、3月30日には7月下旬から開催される予定だった2020年東京オリンピックの1年延期が発表されます。3月から全国の学校が一斉に休校になったものが4月の新学期になっても再開されず、ゴールデンウィークもステイホームで大型連休らしいことは何一つできずに耐え忍んでいるうちに、8月開催すら危ういのではないかという予想が現実味を帯びてきたのでした。8月に延期すれば大丈夫だろうと思っていた運営側は甘い考えだったことを思い知らされます。

学会開催自体を無しにしてしまうことはすでに演題募集を済ませてしまった手前、むずかしいことでした。開催を無しにすることは参加費収入がなくなってしまうことも中止を難しくさせる理由の一つでした。学会運営は自転車操業になっているところも少なくなく、学術集会を中止すればたちどころに学会の存続に関わるというところもあったようです。そして何よりも、学会が学術集会を中止するということは医学の進歩を遅れさせかねないという問題もありました。

中には学術集会は行わず、「抄録の投稿をもって発表したこととみなす」という大胆な決定をした学会もありましたが(例えば第51回日本看護学会学術集会 https://www.nurse.or.jp/nursing/education/gakkai/index.html#2020)、多くの学会はWeb上での開催を目指して急遽準備に追われることになったのでした。

*世界最大規模の学術集会のWeb開催 [#b17d0482]

私がフォローしている範囲で、大きな規模で最初にweb開催を最初に成功させたのは''AACR(米国癌学会)''ではないかと思います。そして、5月下旬には全世界から参加者が集まる''ASCO(米国臨床腫瘍学会)''も開催されました。

#amptwitter(1237486312120336397)

4月のAACRが急遽オンラインになったのは、開催が予定されていたサンディエゴには2020年3月に非常事態宣言が発令されて学会の開催どころではなくなったと言う事情もあります。3月11日にAACRの延期が発表されました。ほぼ同じ時期にASCOのウェブ開催が検討されていると言うことも発表されました。

#ogp(https://meetings.asco.org/am/asco-statement-novel-coronavirus-covid-19)

米国は中国、イタリア、イギリス等を追い抜いて世界最大の新型コロナウィルス感染症の患者数を抱えるような状態になり、非常事態宣言を発令しその対応に追われていましたがその中でAACRおよびASCOは会を成功に収めます。

#ogp(https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/eye/202005/565535.html)

ASCOは毎年4万人がシカゴに集まるオンコロジー業界で世界最大の学会ですが、早い段階からウェブ開催への切り替えを表明しています。3月ごろからCOVID-19流行下のがん診療などをテーマに取り上げて全世界向けにwebinar(と称したオンラインセミナーの予行演習?)を何度も開催することでWebミーティングを運営する経験を積み、総会に向けてのシミュレーションを重ねていたものと思います。

ASCOはスライドをアップロードしておき、参加者はその演題を各自見に行くという方式でした。音声データをスライドに付けていたものもあります。原始的でありますが、堅実でもあります。当日はサーバーエラーを起こすこともなく何千もの演題発表をスムーズに終えることができ、また視聴者はスライドを1枚1枚自分のペースで確認することができるために概ね好評だったように思います。

リアルタイムでの質疑応答がないと言うのは学会の活発な上にとっては大きなデメリットとなりましたが、もともとASCOはウェブサイトやPodcastやSNSでの配信も盛んでしたし、学会集会が開催されるたびに公式タグを付けてインターネット上で意見交換されるという土壌もあったので、今回もディスカッションはASCOのオンライン開催プラットフォームの外で行うことができるという自信もあったのかもしれません。

#amptwitter(1266845439703252992)

*日本でのWeb開催の取り組み [#ta245e5b]

さて、日本で早い段階でウェブ学会を成功させたのは5月の''日本医学放射線学会''でしょう。

スライドをアップロードしておき、参加者がそれを閲覧しにゆくというオンデマンド方式はASCOと共通ですが、音声をスライドに付けるのでは無くキャプションの解説文をつけるという方法で、参加者は各演題のスライドを自分でめくって行きそのキャプションを自分で読むと言うスタイルになります。この方式は動画転送などの負荷も低いので大規模なアクセスを捌くサーバーにも優しい運営形態です。

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画像が主体という放射線系の学会にはスライドを自分のペースでページをめくりながら視聴できるというスタイルは相性が良かったことに加えて、放射線系のリアルの学会では以前から会場に参加者が入りきれないと言うことがしばしば問題視されていたようですので、定員の制限なく多くの方が自由に好きな演題を見ることができるというこの方式がうけたのでしょう。教育系セミナーという性格が強い集会だった事とも合わさって、大変好評だったようです。

#amptwitter(1264181202971320320)

*会期が長く好きな時間に聞けるというメリット [#d00fe5b7]

''日本胃癌学会''なども7月という早い段階でWeb学会を開催しましたが、会期が1ヶ月あり自分の時間があるときに発表を聞けるという方式も忙しい臨床家には好評だったようです。''日本消化器病学会''は4月の予定が8月に延期した上に8月にも開催できずオンラインに再度変更という過程を経ましたが、やはり会期が長く確保されていて演題を聞ける時間に余裕がありました。

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(ちなみに日本消化器病学会の発表は動画やスライドを視聴するタイプのものでしたが、キーボードを触って何かメモを書こうとしたりマウスカーソルが動画の枠外をクリックしたりした瞬間に「じっとしてちゃんと講演を聞け」と言わんばかりにアラートが出て動画再生が止まってしまう、困った仕様になっていました。授業を聞かない中学生じゃないんだから、そんなくだらない機能制限はやめてほしい…)

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*ネットに強い日本循環器学会 [#f9057bfb]

続いて大きな規模でウェブ学会を成功させたのが''日本循環器学会''です。日本循環器学会は日本ではおそらく最も上手にインターネットメディアを活用している学会です。昨年もインターネットを活発に取り入れて先進的な取り組みで注目されていました。

#ogp(https://www.carenet.com/news/general/carenet/47794)

今年はウェブ開催でありながらリアルタイムでのディスカッションを重視したようです。このあたりはASCOや日本医学放射線学会が「一方通行」のプレゼンテーションだったのに対して双方向性を重視した点で一枚上手でしょうか。SNS上で学会の活動を広報する''日循サポーター''という制度を作って会員のツイッタラーを広報に起用し、その活動を学会が後方支援することで日本循環器学会の会員のみならず多くの医療者に注目される学会運営のお手本のような成功を収めました。ただ、やはり本物の学術集会にはかなわないという声も聞かれるようで、やはり理想はそう簡単には実現しないようです。

#ogp(https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/odakura2/202010/567304_2.html)

*開催が大コケした学会も [#b3edc8ee]

一方で運営のまずさが激しく批判された学会もありました。4月から延期された''日本内科学会''は8月の連休に合わせて開催される予定でしたが、日本内科学会の認定専門医の更新のために必要な講習単位認定するかどうかという基準として「演題を視聴した時間が5時間以上」であることを条件にしました。専用のサイトにログインして講演を視聴すると、ストップウォッチが画面に表示視聴時間が秒単位で測定されます。さすがにこのみみっちさには驚きました。

視聴時間が5時間に満たなければ専門医の更新のための単位の認定しないと言う厳しいルールのために、学会の多くの真面目な参加費はパソコンの前に張り付いて講演をリアルタイムで視聴するということになります。当然予想されるのがサーバーへの過大な負荷集中です。

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学会の講演会が始まるや否や、サーバーへの接続が不安定になり、専用サイトにログインできない会員が続出しました。参加登録ができない、参加登録をしてもクレジットカードの決済画面にたどり着けない、事前に登録を済ませていた会員も動画の視聴ページで動画再生がいつまでたってもスタートしないと言う大惨事です。サポートデスクにメールで問い合わせても返事は一向に来ず、おそらく全国から殺到する問い合わせにサポートデスクがパンクしていたものと思われます。

結局三日間の会議の最終日まで1度もメールの返事が来ないまま今もまだ返事が返ってきませんでした(今もまだ返事は来てない)。

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ストップウォッチを使って数万人の同時アクセスの動画視聴時間を秒単位で計測するといういかにも無茶な計画は、結局ほとんどまともに動作することがないまま3日間の会期の2日目にようやくこの方式を断念したらしく、視聴時間にかかわらず参加登録さえすれば単位を認定するというメールアナウンスが流れました。

2日目からストップウォッチの無い講演動画視聴ページが設定されてそちらはサーバーダウンすることなく講演が視聴可能となりましたが相変わらず参加登録ページは非常に重く、最終日の3日目にようやくサーバーの状態が安定しました。

ちなみに、今年の日本内科学会は速報値で46,000人が参加したようです。内科学会のウェブサイトに公開されている障害報告書((https://www.naika.or.jp/info/117_failure-report_08_13/))によると、ピークの瞬間にはユーザーのセッション情報が最大21,799/分ものアクセス集中をきたし、映像配信サーバーではなく(ログインなどを管理する)セッション管理DBサーバーがダウンしたとのことです。

そりゃ他の学会で映像配信だけを行うサーバーが落ちたという話はあまり聞かないので、やはり映像配信ではなくあのストップウォッチ縛りが無駄にサーバに負担をかけていたであろうと想像が付きます。

同じく''日本皮膚科学会''もサーバーダウンで大変だったようです。こちらはどのようなサーバダウンだったのか詳しい障害の内容までは把握していませんが、どの学会も慣れない開催方式を手探りで試す中でサーバーの問題など普段は関わることのない仕事に振り回されて運営側も非常に大変だったと思います。

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*運営費と参加費 [#jaf70b1d]

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様々な苦難はありましたが、Web開催は遠隔地でも出張時間が取れなくても参加しやすいというメリットがあって、参加者の総数は増える傾向にあるようです。大きなコンベンションセンターを借り切る必要もないために、軌道に乗ってしまえば開催費用を大きく抑えることができ、運営側としてはこの金づるを手放したくはなくなってくるかもしれません。

今年に限っては確保していた会場費用のキャンセル料が発生したのでオンライン開催でも開催のための予算に余裕が無かったかもしれませんが、来年以降ははじめからオンライン開催と決め打ちにしていれば会場のキャンセル費用もありませんし、印刷物もPDFにして電子配布にすれば低予算で簡単です。運営費も安くなるでしょうから、参加費も安くして貰わないと困るという意見も出てきます。

*質疑応答の醍醐味 [#b0c48e02]

日本内科学会は全国に地方支部があり無数の地方会が開催されている学会でもあります。おまけに地方会は参加費が1,000円と割安です(数年前まで無料でした)。

総合内科専門医は取得した後の維持のために学会参加単位を集めるのがなかなか大変なのですが、オンライン関西であればどんな遠隔地のWeb塊状であっても簡単に参加できるということで、全国の地方会を飛び回って単位を荒稼ぎしている人もいるとかいないとか。

さて、その内科の地方会は小規模であるからか、内科総会や日本消化器病学会総会あるいはAACRやASCOのような専用のプラットフォームは使わずに、普通の''Zoom''(時間制限などを回避するため有料版ですが)で開催していました。必然的に発表はインターネットに好きな時間に見に行く''オンデマンド方式''ではなく、座長が演者を紹介して参加者は同時にそれを視聴する、質問者もZoomで直接話しかけて質問をするという''リアルタイム方式''で実施されていました。

やはりリアルタイムの質疑応答のほうが白熱した雰囲気が生まれやすく、うまくマッチすれば議論の面白みが感じられます。オンデマンド方式では(Twitterなどでその話題が取り上げられていない限り)誰かとその演題について意見を交わすということができないので、やはりZoom越しであってもリアルタイムのディスカッションの面白さを久々に感じられてうれしい気持ちになりました。

*参加者の横のつながりとディスカッションをどう生み出すかが今後の課題 [#n930e399]

ウェブ開催はスライドを放映するのが適していますが、参加者同士の横のつながりがなく自然的にディスカッションが生まれにくいと言う問題があります。ASCOや日本循環器学会のようにSNSを活用するなど参加者同士の横のつながりを作って連帯感を生み出し、学会発表を聞いた参加者同士の意見交換をどうやって生み出すかと言うことが今後のウェブ開催の課題になってくるでしょう。

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2020年9月の''日本胆道学会''総会は(自分で参加したわけではなかったのですが)リアルタイム方式でしたが質疑応答は音声通話ではなくチャットで送るタイプのもののようでした。7月のBest of ASCO Japanも質問をチャットで送って座長がピックアップする方式だったので、似た感じかもしれません。

そして、そのチャットは演者の発表が終わった後にチャットで返事が返ってくることもあったようですが、この方式の最大の問題点は「質問した人以外にはその質疑応答が見えない」ということです。いや、見えるようになっているシステムもあるのかもしれませんが、今回参加者に話を聞いたところでは他の演者の質問にどのような返答があったのか知りたかったが聞けなかったと感じたケースがあったようなのです。これは質疑応答の形態としてはやはり残念と言わざるを得ません。

自分で疑問に感じたことを質問するのも重要ですが、自分は思いつきもしなかったような視点からの質問とその返答を聞くのも大変勉強になるのです。となると、今後はこのようなディスカッションをどうやって作っていくのかについて工夫が進んでほしいところです。

学会のセッションが終わった後の休憩時間に演者や座長のところに直接行って、微細な点の質問を追加したり感想を述べたり、あるいは今後の共同研究や就職も見据えてのコネ作りの挨拶をしたり、そういう人と人のつながりが生まれるのも学会集会の楽しさの1つでした。オンライン学会ではそのような''横のつながり''的なものが生まれにくいので、先ほど述べた循環器学会の日循サポーターではないですがSNSなどとうまくつなげて横のつながりを生かせるような試みにも期待したいところです。

*教育系の学会はどんどんウェブに [#yaa5d61f]

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これに対して、ディスカッションの重要性が相対的に低い教育講演やアップデートセミナーなどの教育系の講演はどんどんウェブ化するべきでしょう。会員のレベルアップにつながりるものはできるだけ参加の意識を低くして、勤務状況や地方住んでいると言う理由で学会の教育講演に参加できない人たちに機会を提供することは非常に重要です。

教育講演は今後はウェブ開催がデフォルトになっていくのではないでしょうか。

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8月26日には2021年2月開催予定だった''JSMO2021(日本臨床腫瘍学会)''もWeb開催に変更することが発表されています。これまでの様々な経験を経て、どのように開催されるのでしょうか…。

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