レ点腫瘍学ノート

日記/2021年/5月4日/新型コロナウイルス変異株とワクチン2.0についてのJAMA記事を読んで の履歴の現在との差分(No.6)


#author("2021-11-29T12:04:30+09:00;2021-05-04T08:14:38+09:00","default:tgoto","tgoto")
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英国株、南アフリカ株、インド株などの様々な新型コロナウイルス変異株のニュースが世間を騒がせていますが、特にそのワクチン有効性に関する懸念に関心が高まっており、JAMAに変異株に対するワクチンの有効性とこれからの新時代のワクチン2.0に関する関連記事が掲載されています。

#ogp(https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2777785)

非常に面白い文章だったので概略だけをご紹介します(有料購読者でなくても全文フリーで読める文章ですので、興味がある方は原文を読んでください)。

#contents

*今できることとしては、できるだけワクチン接種率を高める [#le5b84dc]

**感染者数を減らすこと自体が変異株の出現を防ぐ [#j9e13f3e]

まず大事な前提となる背景知識として。

ウイルスは単独では増殖できないので変異を獲得するためには誰かに感染する必要があります。ウイルス視点で見れば「感染者数が増えれば増えるほど変異獲得のチャンスが増える」ことになりますし、逆にわれわれ側から見れば「感染者数を抑えることが変異株出現のリスクを低減する」ことになります。

したがって、まずすべきは従来も注意してきたような感染予防策をとること、そしてできるだけ速やかにできるだけ多くの人がワクチン接種を済ませて社会全体の感染者数そのものを増やさない努力をすることが、ウイルス変異株による被害を減らすことにつながります。(自分一人がかかるかどうかだけでなく、日本全体・社会全体での感染者数を抑える必要があります)

**変異株対策の前に標準的な新型コロナウイルスへの対応が基本 [#bdb53e92]

また、変異株対策よりまず基本となるのは本来の新型コロナウイルスそのものに対する対策が重要であるということを忘れてはいけません。

インフルエンザウイルス以外の多くのウイルスではエスケープ変異株が登場しても元々のワクチンが意味がなくなってしまうほどにウイルスの主流株が置き換わってしまうということはあまりありませんでした。B型肝炎ウイルスではHBVワクチンをすり抜けるエスケープ変異株の存在が確認されていますが、いまでもB型肝炎ウイルスの主流はエスケープ変異株ではなくオリジナル株で、従来のワクチンも依然として高い有効性を維持しています((https://doi.org/10.1371/journal.pntd.0006629))。

したがって、今できることとしては現在入手できるワクチンをできるだけ早く行き渡らせることが重要です。

*実際のワクチンの変異株への有効性はどうなのか [#aab5aa06]

各種変異株の関係についてはこちらの峰宗太郎先生の記事が分かりやすくなっています。先にこちらを読んで、変異株とはなんぞやという概要を把握しておくことをオススメします。

#ogp(https://news.yahoo.co.jp/byline/minesotaro/20210502-00235680/)

**B.1.351変異株の場合 [#p24fe9c9]

いくつかのワクチン(アストラゼネカ、ジョンソンエンドジョンソン+ヤンセン((https://www.fda.gov/media/146219/download))、ノババックス((https://ir.novavax.com/news-releases/news-release-details/novavax-covid-19-vaccine-demonstrates-893-efficacy-uk-phase-3)))の臨床試験では南アフリカ株(B.1.351変異株)への有効性が低いというデータがあります。ファイザー+バイオンテックとモデルナのワクチンはB.1.351変異株への臨床データはまだ十分ではありませんが、やはりB.1.351変異株に対しては中和抗体価が低いというデータがあるようです((https://doi.org/10.1056/nejmc2102179))((https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMc2102017))。実際にアストラゼネカワクチンの大規模接種を計画していていた南アフリカではこのアストラゼネカの第2相試験での南アフリカ変異株に対する有効性の問題からこの計画をいったん中止したようです。

一方で、ワクチン接種で獲得される免疫(中和抗体価)は非常に高いため抗体価が下がっても一定の感染阻止効果が得られるという意見もあります。たとえば、抗体価が6分の1に低下しても有効性があるという論説がJAMAに掲載((https://doi.org/10.1001/jama.2021.2088))されています。また、そもそもどうやらCOVID-19の感染阻止効果は抗体価だけでは計れない(別のバイオマーカー、別の個人個人の因子がある)という話も出てきているようです((https://doi.org/10.1001/jama.2021.1114))((https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-issues-emergency-use-authorization-third-covid-19-vaccine))。

**B.1.1.7変異株の場合 [#s3ec870b]

B.1.351南アフリカ株変異株と違って、先行して広まった英国変異株(B.1.1.7変異株)の場合はどうでしょうか。こちらについてはワクチンの有効性が期待できそうな印象です。というのも、ワクチンの大規模接種によってCOVID-19の拡大を阻止しつつあるイスラエル(ファイザーワクチン主体)とイギリス(ファイザー・アストラゼネカワクチンなど)はともにB.1.1.7変異株の流行地域でもあるからです。またこれらの地域を見ると感染リスクを下げるだけでなく、重症化率・死亡率の低減にも貢献しています。

**変異株抑制にもやはりワクチンが鍵になりそう [#zfc2659b]

SNSなどで「ワクチンは発症を減らすが無症候性感染を減らさないので感染拡大防止には効果がない」という言説を見ることがありますが、上記に挙げたイスラエルとイギリスの例でも示されているように発症者を減らすワクチンが普及すれば感染拡大自体も抑制できるというリアルワールドデータがすでに揃いつつあります。

またワクチン接種していても無症候性感染が本当に減らないのかどうかのヒントになるデータとして、ファイザーバイオンテックワクチンを接種されたイギリスの医療従事者に週2回ずつ定期的に抗原検査を行って未発症者でも無症候性感染が起こっていないかをモニタリングした研究((https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(21)00790-X/fulltext))によると、1回目接種から21日後に70%、2回目接種の7日後には85%の感染抑制効果が現れたというものがあります。

最初に述べた、変異株出現を抑えるためには感染者数そのものを減らすことが重要であるという話にもつながりますが、やはり今のワクチンが変異株に対しての有効性に一定の疑問があるというデータだけを受けてワクチン接種を回避するのはあまり賢明な選択肢には見えません。

*次の一手「ワクチン2.0」 [#t2d37e37]

現在、人類が利用できる手段として最も有効なのは既に実用化されているワクチンであることは間違いなさそうですが、次の一手であるワクチン2.0についてもこの文献で述べられています。

これまでにもあちこちで言われていることではありますが、今回ファイザーバイオンテックとモデルナの開発したmRNAワクチンの最大の強みはその免疫獲得率の高さではなく(免疫獲得率もすごいのですが)、亜種の出現に応じてワクチン製造プログラムを修正すればすぐにそれに応じたワクチンが生産できるということです。

ファイザーバイオンテックはすでにB.1.351変異株に対する改良型ワクチンの開発についてFDAなどの規制当局との折衝を始めているという話((https://www.pfizer.com/news/press-release/press-release-detail/pfizer-and-biontech-initiate-study-part-broad-development))がネットに流れていたほか、モデルナもB.1.351変異株対応のブースターの第1相試験用ワクチンの出荷を始めたと発表((https://investors.modernatx.com/news-releases/news-release-details/moderna-announces-it-has-shipped-variant-specific-vaccine))しています(ブースターというのは、初回接種で免疫獲得の下地ができている人に対して接種し一層強力な免疫を獲得させるために追加接種するためのワクチンのことです)。

ファイザーバイオンテックとモデルナの2社だけではなく(この2社がワクチン開発のスピードに圧倒的にプレッシャーをかけている影響が大いにあると思いますが)、ジョンソンエンドジョンソン+ヤンセンなども亜種ワクチンの臨床試験開発を進めています。ノババックスは2価混合ワクチン(つまり複数の種類の抗原に対して同時に免疫を獲得できるワクチン)の開発に取りかかっているようです。

*解決されるべき課題 [#d078afd1]

さて、ここまで見てきたように人類は非常に強力な武器であるワクチンをすでに入手し、それをどのように使うのかというフェイズに入りつつあります。ウイルスは変異株を作り出して一層勢いに拍車をかけようとしていますが、人類側はそれに対してもワクチン2.0の準備を進めています。

まだまだ解決されるべき課題はあるようです。変異株・亜種へのワクチン開発を可能とする技術的な基盤は整いつつありますが、どの変異株にいつ狙いを定めるべきなのか。次々と登場する変異株に対して新しいワクチンを開発してゆくには既存の新薬承認プロセスでは間に合いませんので規制当局を巻き込んだ議論も必要です(日本国内でも海外大規模臨床試験とは別個の国内臨床試験の実施を求めた承認プロセスが本当に科学的なのかという疑問を投げかける話題((https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00110/041300076/))が出ていました)。さらに、入手した新しい武器をどうやって人々に届けるのかという体制構築・ロジスティックスの問題はまだほとんど手つかずです。

しかし、新型コロナウイルスに一方的にやられっぱなしだった2020年と比べて2021年の人類は着実に問題の解決に向けて足を踏み出したように見えます。一人ひとりができることを地道に一歩ずつ進めることが、よりよい世界を作ることにつながっているということを実感します。

#description(新型コロナウイルス変異株とこれからの新時代のワクチン2.0についての非常に面白い記事がJAMAに掲載されていたのでご紹介します。英国株、南アフリカ株、インド株などの様々な新型コロナウイルス変異株のニュースが世間を騒がせていますが、わたしたちが何をすべきか、ワクチン2.0時代に向けてどのような治療開発が進められているのか。)

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