レ点腫瘍学ノート

日記/2023年/10月6日/MSI-H大腸癌のうちのリンチ症候群リスク の履歴ソース(No.3)

#author("2023-10-06T13:38:07+09:00;2023-10-06T10:35:02+09:00","default:tgoto","tgoto")
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統計によって差はあるものの、大腸癌のうちの5-15%程度がミスマッチ修復欠損(dMMR)またはマイクロサテライト不安定性(MSI)、かつ/またはハイパーミューテーション(TMB-H)を示す。dMMR大腸癌のうちの大部分は高齢者で散発性の大腸癌だが、そのうちの15-20%程度は遺伝性腫瘍症候群であるリンチ症候群を背景とするため、遺伝カウンセリングなどを含めた血縁者への遺伝学的アプローチを考慮する必要がある。

リンチ症候群は生殖細胞系列でMLH1、MSH2、MSH6、PMS2のいずれかの病的変異を持つか、EPCAM末端欠失を持ち、これらは常染色体潜性遺伝形式を取って、この形質を受け継いだ血縁者に比較的若年かつ高率に大腸癌・胃癌・子宮体癌などを発生させるリスクをもたらす。

大腸癌では本邦においてもMSI検査が利用できるようになり、MSI-H大腸癌に遭遇することは非常に多くなってきた。現状ではMSI-H大腸癌に遭遇したばあいは全例においてリンチ症候群の可能性を考慮すべきではあるが、遺伝カウンセリング外来のキャパシティやアクセス性の問題もあって臨床遺伝専門医などの診察を全ての患者が受けられるわけではない。MSI-H大腸癌の全てがリンチ症候群を背景としたものではない(むしろ15-20%しかおらず8割以上は非遺伝性である)ことから、臨床遺伝専門医に紹介する前にある程度の絞り込みができるかもしれない。

* まずdMMR検査かMSI検査 [#u942cdf8]

スクリーニングの第一歩はdMMRの病理学的免疫染色を行うか、MSIコンパニオン検査を行うかだが、日本の診療体制の中ではMSI-H検査を使用している医療機関が現状では大部分ではないかと思われる(今後の保険承認範囲の変更によってこの実情は容易に変動しうる)。

* dMMR陽性かMSI-Hの場合 [#db44fd08]

免疫染色のMLH1欠損またはMSI検査でのMSI-Hを検出した場合は次のステップに進む。施設の体制的に可能なのであればMLH1メチル化検査を実施し、MLH1メチル化検査が陽性であればリンチ症候群の可能性は「極めて低い」ので遺伝学的フォローアップの対象から一旦外してよい(完全にゼロではないことについては後述)。また、MLH1メチル化検査陽性の代用としてBRAF V600Eがサロゲートになることが知られており、BRAF V600E変異陽性の場合もリンチ症候群の可能性は極めて低い。遺伝性家族性大腸癌NCCNガイドライン2019年版((https://jnccn.org/view/journals/jnccn/17/9/article-p1032.xml))では、BRAF V600E陽性かMLH1メチル化陽性のいずれかに該当する場合はdMMR/MSI-Hであっても「若年発症または濃厚な家族歴が無い限り」はリンチ症候群などの遺伝学的検査に進むことは推奨されていない。MLH1メチル化検査とqMSPなどの検査一致率は極めて高く((https://jnccn.org/view/journals/jnccn/21/7/article-p743.xml))、いずれの検査でも十分な検査精度が担保できそうである。

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https://jnccn.org/view/journals/jnccn/17/9/article-p1032.xml

* MLH1メチル化検査の代用としてのBRAF V600E [#u5b643cf]

逆に、MLH1蛋白質欠損があるがMLH1メチル化検査が陰性であったりBRAF V600が野生型である場合はリンチ症候群のスクリーニング検査に進む。NGSによるがんゲノムプロファイリング検査でMSI-HかTMB-Hを検出し、かつBRAF V600が野生型の場合も、これと同様にリンチ症候群のスクリーニングに進む。

MLH1メチル化検査が陽性である場合はリンチ症候群の可能性は「極めて低い」が、理屈の上ではリンチ症候群の可能性が完全に除外されるわけではない。たとえば2hit仮説の1hit目がMLH1メチル化である例だが、これは極めて稀である。リンチ症候群の「発端者」の場合もこれに該当する可能性がある。別の極めて稀な例として、腫瘍がsomaticなモザイク(つまり腫瘍内のheterogeneity)、あるいは患者自身が遺伝的モザイクの可能性もわずかながらある。

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