レ点腫瘍学ノート

Top / がんゲノム

actionable変異

actionableな遺伝子変異とは

近年、がん領域ではゲノム医学の存在感が年々増してきており、いまや分子標的治療はがん種を問わず多くの領域ですでに実用化あるいは実用化寸前まで広がってきている。2019年6月から本邦でも一部の患者に対してがん遺伝子パネル検査が保健診療下で実施されるようになり、今後もがん関連遺伝子異常に対する標的治療の重要性は増す一方である。

一方で、従来のがん治療に比べて恩恵を受ける人はマッチする治療薬に出会える一握りの患者に過ぎないという面もある。遺伝子異常の中には現時点で治療薬もなく予後予測や遺伝性腫瘍などの二次的所見(secondary finding)にも繋がらないものもあり、これらの遺伝子異常は研究面では発見する意義があったとしてもその患者自身にとってはそれらの使い道のない遺伝子異常を発見することはメリットが小さい。がん遺伝子パネル検査を受けた本人にとっては、遺伝子異常を見つけることが重要なのではなく、その遺伝子異常に対して有効な治療薬があるのかが重要なのである。このように、何らかの治療につながる(そうでなくても今後の予後予測や治療効果予測につながるか、血縁者の将来の発癌リスクを推定するのに有用な二次的所見につながるなど現実的な使い道のある)変異を、actionableな変異と呼ぶ。

がん患者全体のうち、がん遺伝子パネル検査でactionableな変異を検出し、現状でゲノム医療の恩恵を受けられる可能性がある人はどの程度いるのだろうか。

Actionable mutations が見つかる割合、治療につながる割合

比較的早く出てきたのはMDアンダーソンがんセンターからの報告。初期は11種類の、後期には46〜50種類のがん遺伝子パネル検査を行った。39%の患者にactionableな遺伝子異常が見つかり、約4分の1が臨床試験に参加している。/JCO 2015

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26014291

MSK-IMPACTの1万人を超える悪性腫瘍の遺伝子異常を前向きに調査した結果から、36.7%の患者がactionableな遺伝子異常を有していた。actionableな遺伝子異常を有する頻度が高かったのは、GIST(76%)・甲状腺癌(61%)・乳癌(61%)・悪性黒色腫(58%)などであった。なお、KRASなど近い将来標的治療が実用化されそうな遺伝子異常であっても現時点では利用不可能であるためこれらをactionableと判断しない厳格な基準を使用している。11%の患者がこの分子標的治療に基づく臨床試験にエントリーした。臨床試験にエントリーしなかった患者が多いのは、地理的なアクセスの問題や患者の臨床試験適格性の問題、また従来の標準治療のほうが適していると判断されたことなどの理由がある。/Nat Med 2017

https://www.nature.com/articles/nm.4333

次の報告では、2018年までにFDA承認された31種の薬剤の38種の適応に関して解析している。actionableな遺伝子異常が見つかった割合は8.33%であるが、actionableであっても標的治療が必ず奏効するわけではないのでそれぞれの治療の奏効率を掛け合わせるとbenefitsを受ける患者の割合は4.90%に止まる。一方で、このbenefitsを受ける患者群に入ることができれば奏効率の中央値は54.0%で、DoR (duration of response) の中央値は29.5ヶ月とかなり良好な成績である。
なお、このactionableな遺伝子異常の内訳を見るとEGFR変異やHER2過剰発現などの割合が多く、これらはすでに肺癌や乳癌では日常臨床として実施されているので、従来の検査では見出せずがん遺伝子パネル検査によってのみ得られるbenefitsはさらに減ってしまう可能性がある。しかし、このパーセンテージは年々増えているので今後は時間経過とともにこのbenefitsを受ける患者の割合は増加する。/JAMA Oncol 2016

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29710180

日本での報告

日本のデータはどうなっているだろうか。国立がん研究センター中央病院などが中心になって進めているTOP-GEARプロジェクトの第2段階では、NCCオンコパネルを用いてがん遺伝子に関する解析を行っている。これによると25例(13%)がgenome-guidedの臨床試験や適用外使用による分子標的治療にエントリーできたとのことである。海外の数値にわずかに及ばないとは言え、日本のデータもかなり期待が持てる数値である。しかし日本国内の治験は大部分が東京で実施されていることもあり、地方部ではこれらの治療へのアクセス性は著しく悪い。1〜数%台しか標的治療の臨床試験にエントリーできなかったという話がある(九州大学のJSMO2019 P2-25-208、および京都大学のunpublised data)。/Cancer sci 2019

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30742731

Actionable mutations で治療に繋がった場合の治療成績

2015年に報告されたSHIVA試験はこの領域で最も早期に注目を集めた試験である。従来型の標準治療に比べて、遺伝子異常に基づく個別化治療を行えば治療成績が向上するかを検証した意欲的な臨床試験である。残念ながら結果はnegative studyで、遺伝子異常に基づく個別化治療群は標準治療群に比べてPFSを延ばすことができなかった。理由は色々と考察されている。ホルモン療法、PIK3CA異常に対する治療、RAF/MEKパスウェイに対する治療などの群で成績が悪く全体の足を引っ張った可能性がある。/Lancet Oncol 2015

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26342236

/JCOPO 2017

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29082359

MyPathway の途中経過中間報告。/JCO 2018

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29320312

近々publishedのすい臓がんのデータではmatched群で僅かに成績良いという話があるようである(ASCO2019で発表?文献化は未確認)

複数の遺伝子異常を同時に治療標的にする

現在のがん遺伝子パネル検査に基づく治療は一つの遺伝子異常に対して一つの治療薬を対応させる治療がほとんどであるが、すでにBRAF異常を有する悪性黒色腫や大腸癌に対してBRAF阻害剤+MEK阻害剤(+抗EGFR抗体)などを併用する治療が実用化されているように、将来的には複数の変異を同時に抑える多剤併用治療が普及してくるであろうことは容易に想像できる。また、細胞障害性薬剤との併用、免疫チェックポイント阻害薬との併用なども登場する可能性がある。Nat Med 2019では複数の遺伝子異常をスコアリングして同時に抑える治療に関する報告が登場した。

https://www.nature.com/articles/s41591-019-0407-5

Actionable mutations の定義は変わりうる

治療開発が進むにつれて actionableな遺伝子異常の定義は当然移り変わってゆく。ASCO2019で発表されたような、undruggableと言われたKRASのうちKRAS G12C変異がAMG510の登場によってactionableな変異に変わりそうなのは最も注目される変化である。一方で治療薬の有効性に関する知見が蓄積されるにつれてactionableなリストから外れるケースもある。各パネル検査でアノテーションおよび推奨治療候補のレポートをどのように記載するかは各検査会社・レポートサービス会社に任されているが、いつからかPIK3CA変異に対するmTOR inhibitorがレポートに載らなくなったという話があるようである。

https://oncolo.jp/pick-up/news3081

パネル検査はガイドラインにも収載される時代へ

NCCN膵癌ガイドライン2019年のアップデートではtumor/somatic gene testを行うことを推奨するという表記が加えられている。すべての膵癌患者に対して生殖細胞系列遺伝子異常検査を推奨すること、すべての転移再発切除不能膵癌患者に対して腫瘍のがんゲノム検査を推奨すること、などがガイドラインに掲載された。

https://jnccn.org/view/journals/jnccn/17/5.5/article-p603.xml

がんゲノム医療遺伝子パネル検査実践ガイド | 角南 久仁子, 畑中 豊, 小山 隆文 |本 | 通販 | Amazon
Amazonで角南 久仁子, 畑中 豊, 小山 隆文のがんゲノム医療遺伝子パネル検査実践ガイド。アマゾンならポイント還元本が多数。角南 久仁子, 畑中 豊, 小山 隆文作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。またがんゲノム医療遺伝子パネル検査実践ガイドもアマゾン配送商品なら通常配送無料。
https://amzn.to/3emzFKk

この記事に対するコメント

このページには、まだコメントはありません。

お名前:

更新日:2019-09-06 閲覧数:3180 views.