レ点腫瘍学ノート

Top / 日記 / 2022年 / 1月12日

VUSはどれくらいunknown significanceなのかに気をつける

がんゲノム

がん遺伝子検査におけるVUSとは

遺伝性腫瘍にせよがんゲノムプロファイリング検査にせよ、臨床でここ数年で急速に目にすることが増えたVUS(variants of unknown significance)という単語。

そのまま日本語に直せば「どれくらい重要なのかがわかっていない変化」となりますが、普段のゲノム診療の現場での意味づけをするなら「病的意義があるとは言えない遺伝子変異」などのような使われ方をしているようです。

実際に病的変異がないという場合は、VUSではなくbenign(良性)あるいはlikely benign(おそらく良性)という語を当てはめることがあるので、VUSの「病的とは言えない」というのは無害であるというわけではありません。例えば研究結果によってその意義づけが定まっておらずバラバラであったり基礎的研究データしかなく臨床に結びつけることが難しいようなケースや、そもそも誰もその遺伝子変異について研究したり論文を記述したりしておらず全く調べられていないものもあります。

調べたけどunknownなのか、誰も調べてないからunknownなのか

TP53やEGFRのように20世紀からその意義がよく知られている遺伝子は世界中で研究が行われていましたし、BRCAのように商業的な意味合いで民間企業が精力的に研究を推し進めた遺伝子もあります。それらは遺伝子に起こる非常に多くのバリエーションの遺伝子異常が調べ尽くされています。そのため、非常に稀なタイプの遺伝子異常でない限りは、VUSとは「多くの研究者が調査をしたがその意義が分からなかった」というものが多いはずです。

しかし、最近になって機能が解明され始めたような遺伝子異常や、治療に結びつきにくいと考えられていたためあまり注目を浴びてこなかった遺伝子異常の場合は、そうではありません。それがVUSであったとして「本当に研究してもその臨床的意義がわからなかった」のか、「そもそも世界中の研究者に見向きもされてこなかったので誰も調べていないだけ」なのかがわかりません。

本来は各種データベースに過去の研究結果が上がっているにも関わらず意義づけができないものをVUSと呼ぶべきで、単純に研究報告が存在しないならVUSではなく「no data」とでもするべきだと思いますが…。

VUSも研究が進むにつれてunknownではなくなる

今の時点ではその臨床的意義が不明でVUSとされている遺伝子異常でも、将来的に研究が積み重ねられて病態や治療効果に与える影響が明らかにされてくれば、その遺伝子変異はVUSではなくなることがあります。実際に、以前はVUSであったものがどうやら病的な意味を持つらしいということがわかってpathogenicに改められたり、逆に無害であるというデータが積み重ねられてbenignとなることはしばしばあります。

膵臓腫瘍で見つかるCDKN2Aの29種類のVUSをin vitroで検証したところ40%は病的意義があってVUSから有害/病的変異に修正されたとかいう話。VUSの中にも「研究されても本当に病的意義があるか不明なもの」から「単に誰も研究してなくてデータがまだ無いもの」まで濃淡がある。https://t.co/AbVeYJsBtf

— レ点.bot💉💊🧬 (@m0370) January 11, 2022
Functional CDKN2A assay identifies frequent deleterious alleles misclassified as variants of uncertain significance
https://elifesciences.org/articles/71137

これは膵癌でしばしば見られる(膵癌以外でも見られます)遺伝子異常であるCDKN2Aについて、当初はVUSとされていたものがその後の研究の進展によってどのように再評価されるか、基礎的研究を重ねて評価をしたものです。実際に同じ遺伝子変異を挿入した腫瘍モデルを使って解析をしているようですが、VUSとされていたもののうちの40%が病的であるという評価に改められたようです。

もちろん他にもこのような再評価が進められている遺伝子異常は多数あり、もう少し広い範囲でVUSの再評価がどのような方向に進んだのかということを調べた研究もあります。

遺伝学的検査のVUSの6.7%で評価の見直しが行われ、その9割以上はbenignに、残りの数%がpathogenicに改訂された。思ったほど重くとらなくてよいという方向の改訂が予想以上に多い。たぶん「pathogenic」になっているものの中にも過剰診断されてるものあるんだろうな…
/JCOPO https://t.co/3wG31S2kbj

— レ点.bot💉💊🧬 (@m0370) April 13, 2021
Impact of Variant Reclassification in Cancer Predisposition Genes on Clinical Care | JCO Precision Oncology
PURPOSE Genetic testing has clinical utility in the management of patients with hereditary cancer syndromes. However, the increased likelihood of encountering a variant of uncertain significance in individuals of non-European descent such as Asians may be challenging to both clinicians and patients. This study aims to evaluate the impact of variant reclassification in an Asian country with variants of uncertain significance reported in cancer predisposition genes. METHODS A retrospective analysis of patients seen at the Cancer Genetics Service at the National Cancer Centre Singapore between February 2014 and March 2020 was conducted. The frequency, direction, and time to variant reclassification were evaluated by comparing the reclassified report against the original report. RESULTS A total of 1,412 variants of uncertain significance were reported in 49.9% (845 of 1,695) of patients. Over 6 years, 6.7% (94 of 1,412) of variants were reclassified. Most variants of uncertain significance (94.1%, 80 of 85) were downgraded to benign or likely benign variant, with a smaller proportion of variants of uncertain significance (5.9%, 5 of 85) upgraded to pathogenic or likely pathogenic variant. Actionable variants of uncertain significance upgrades and pathogenic or likely pathogenic variant downgrades, which resulted in management changes, happened in 31.0% (39 of 126) of patients. The median and mean time taken for reclassification were 1 and 1.62 year(s), respectively. CONCLUSION We propose a clinical guideline to standardize management of patients reported to have variants of uncertain significance. Management should be based on the patient’s personal history, family history, and variant interpretation. For clinically relevant or suspicious variants of uncertain significance, follow-up is recommended every 2 years, as actionable reclassifications may happen during this period.
https://ascopubs.org/doi/full/10.1200/PO.20.00399

これによると、遺伝学的検査のVUSの6.7%で評価の見直しが行われ、その9割以上はbenignに、残りの数%がpathogenicに改訂されたようです。思ったほど重くとらなくてよいという方向の改訂が予想以上に多い。たぶん「pathogenic」になっているものの中にも過剰診断されてるものあるんだろうな…

治療につながる領域ではそもそもVUSなのかどうかすら気にされていないケースも

VUSという分類がされている遺伝子はまだマシで、そもそも遺伝子変異の有無だけが議論されていてその中身まではまだ評価されていない領域もたくさんあります。例えばHRR関連やミスマッチ修復関連の遺伝子変異などは、がん遺伝子パネル検査で変異が検出された時点で治療薬につながるという期待が先行するだけに、どの塩基にどの変異が起こったのかまで厳密に吟味されていないように感じることも少なくありません。

例えば前立腺癌に対するオラパリブのPROFound試験は相同組替え修復遺伝子の異常がある去勢抵抗性前立腺癌の患者を広くリクルートした臨床試験です。その内訳をよく見てみると、BRCA変異だけを対象にするよりもATMなどのサブグループの方が治療成績が伸び悩んでおり、さらにはコホートBとされている「比較的マイナー」な相同組み替え修復遺伝子の異常までも含めると治療効果はかなり落ちてしまいます。

標的遺伝子としてBRCAほど鋭敏でないという要因ももちろん考えられますが、これらの遺伝子では恐らく治療効果につながらず本来はVUSとするべき雑多な遺伝子変異も大いに含まれているでしょうから、これらが治療効果が伸び悩んでいる一因になっているのではないかという推測もできます。

個人的にはCDK12やCHEK2やRAD51Dなど"BRCA以外のHRR遺伝子"などは過大評価されているものが少なくないのではと思っています。

研究の量・質および歴史の長さも段違いのBRCAに比べると他のHRDは病的意義がわかってない変異が多すぎるので(真にVUSなのか、まだ誰も調べてないだけの未精査VUSなのかわからない)、評価が難しいなぁ。

— レ点.bot💉💊🧬 (@m0370) November 7, 2020

あるいは、KRAS変異に合併するSTK11やKEAP1の遺伝子変異は免疫チェックポイント阻害剤の抵抗性に関与するということは知られていても、そのSTK11の遺伝子変異のうちどの塩基に起こったどのような変異でも良いのかということはこれまで吟味されていません。もちろん症例数が少ない上に免疫チェックポイント阻害剤の奏効に関与するパラメータは他にも多数ありすぎるため単純な研究モデルにしにくいという背景もあるのですが、本当の意味でがんゲノム医療を進めていくにはこういう点も意識して踏み込んでいく必要もあるような気もします。


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更新日:2022-01-12 閲覧数:1042 views.